ロストケアのレビュー・感想・評価
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テーマ共感。カタルシス解放しない問題が問題
内容は、10年前の原作同名の推理ミステリー小説の作品から映画化。この国の介護問題と制度の問題や尊厳死について生々しすぎる程に、其々の人々の生活に光を当てた作品。
印象的な台詞は、『僕は父を殺しました。父殺しを僕が見逃されたのは、きっとやるべき事がまだあるからだと思いました。』法廷で裁判官に向かって、シバ役の松山ケンイチが話す言葉。キラリと光る殺人鬼としての一面が短絡的に垣間見える所が面白かった。手段が目的となる穴に落ちていく様が上手く表現されていたと思います。
印象的な場面は、やはり松山ケンイチの父役の柄本明さんの感情演技でしょう。半身不随と痴呆症の入り混じった演技は、おしゃべりな所が不自然ですが一見の価値ありの怖いくらいの凄い演技です。
印象的な立場は、男女ダブル主演の演技対決。検察官の長澤まさみと殺人鬼の松山ケンイチとの家族に対する立場の違いに焦点が当てられている所です。演技対決は手に汗握る素晴らしい間合いの取り合いとなってます。残念なのは、結果2人は共感するも全体的な問題の解決になっておらず、2人の関係のみのカタルシスの解放になっている所です。2人の演技力対決に終始する物語がなんとも見易かったですが根本的な問題の解決につながらず残念でした。
全体的に介護疲れで尊厳死や生活に対して国家の許可を待てない人達の対応策がステレオタイプの様に描かれていた様に感じます。そこに自分の人生が投影されず自由に選択肢を選べない問題のみを掘り下げた短絡的な所より、もっと深く潜ってほしいと感じました。
介護職を辞めて風俗や水商売に鞍替えするのは常識的な事として認識されていますが化粧をすると全然違う顔と行動になる演技力に目を疑い感心しました。まるで別人格。
それにしても人殺しと法廷で罵られる時の松山ケンイチの唇の演技は上手かった偽善者と殺人鬼のアンビバレンツを見事なものでした。
終始、観ていて気持ちのいい話ではないので、観る人にもよりますが、夜に見る事をお勧めしたいです。昼日中に観るものではありません。気分が滅入りそうになるはずです。
何が「罪」で何が「救い」なのか。
殺人を繰り返す斯波を「狂ってる」と言い切れない。
殺人を断罪する大友を「正しい」とも言い切れない。
まさにこれが本作の「闇深さ」なのではないだろうか。
斯波は人を殺したことを「救った」と表現した。
この言葉すらも僕は完全には否定し切れない。
大友は「あなたに殺す権利などない」と言い放つ。
この言葉さえも僕は完全には同意し切れない。
「救われた」と感謝する遺族もいる。
「人殺し!」と罵倒する遺族もいる。
どちらの気持ちも分かる。だから苦しい。
安全地帯からどんな正論を言っても心には刺さらない。
大友の主張だって何ひとつ間違ってはいない。
でも彼女の言葉は正論と言うより「きれい事」に聞こえる。
それがまた苦しくてたまらないのだ。
罪とは何なのか。救いとは何なのか。
その答えに正解はないし、あったとしても1つではない。
誰もが生きて欲しいし死んで欲しくない。
でも、生きてる方が地獄な状況も確かにある。
頭では分かってる。分かっているのだ。
でも誰もが納得する答えなど、どこにもない。
このやり切れなさをどう受け止めるか。
それぞれの人生観や死生観が試される作品だろう。
ダークヒーロー
Wikiにて、「介護している家族を殺してしまいたい、一緒に死のうと考えたりしたことがある」に「はい」が20%、うち「介護に疲れ果てた時」(77%)、「将来への不安を感じた時」(40%)、に殺害・心中を考える。それをリアルに体現している社会派作品。
作中では長澤さん演じる大友検事の正義感溢れる言葉の一つ一つに気持ち悪さを感じ、松山さん演じる斯波介護士の言葉が穴に落ちてもがき苦しんでいる人を救済する普通の優しい青年に見えた。
“絆”と名を変えた“呪”。大友検事も斯波もお互いの正義をぶつけ合う、そして正解がない。原作が10年前なのに何も変わらない日本の法律や介護士不足の問題が酷すぎる。
身近な事柄なのに目を伏せていた自分をビンタしながら鑑賞した。直太朗さんのエンドロールだけに救いがあるように思えた。
考えさせられる問題作
多くの人に観て欲しい作品
観ていて、いつ自分の身に降りかかって来てもおかしくない、まったく他人事ではない内容に、身がつまされました。
普段考えることを無意識に避けている現実問題を突きつけられた気がしました。
松山ケンイチさん演じる男の行動は決して許される事ではないと倫理的に頭ではわかっているのですが、映画を観ていると彼の行ないを肯定したくなり、これも1つの自己犠牲による正義なんではないかと錯覚しはじめ、ともすると、ある種、ヒーロー的にも感じかねないのですが、決して、それで終わってはいけない映画であるとも感じながら観ていました。
最後に裁判傍聴席の女性が叫んだセリフが非常に重要で、
結局、他人の関係性や感情なんて、理解しきれるワケもなく、
外側から土足でそこに踏み込み、自分の価値観だけで自分の正義を振りかざすことは自己満足以外の何ものでもないことをしっかり提示していることはこの映画のキモであると感じました。
救われたなんて決して思っていない人間がいる
一方で救われたと感じる人間もいる
重要なのは松山ケンイチ演じる男の行動の是非ではなく、このような誰の身に振りかかってもおかしくない現実がすぐそばにあり、その時、あなたはどう向き合い対処しますか?問われていることだと感じました。
見応えあり
日本の行先をも考えさせられる
介護、孤独死、安楽死…
自らの今後、日本の今後も考えさせられる作品。
とにかく重くて深いので観る時は注意。
柄本明の演技がすごい。
松山ケンイチの論説に心動かされる。
最近親と歳が変わらないお母さんが倒れ障害が残った。そして最近急に亡くなった。
倒れた時、友人父は書類やら何も分からず娘の友人が動き回っているのを目の当たりにした。
まだ親は健在だが、実家は遠方になる。
目を背けていたが、倒れたら?書類は?手続きは?
自分にも課題を課せられた。
こどもの人口も少なく高齢者大国になる日本。
今でも介護者不足で問題視されるのに…
ピンピンコロリと昔の人はうまく言ったように
私はピンピンコロリと逝きたい。
安楽死は認められてないが、もし認められたら
私は安楽死を選択したい。
そんなことを考えさせられてしまった。
生きるなら
心身ともに健康でいたい、だけど、ままならない現実、もはやお互いに地獄からの解放は、死によるしかないのか、、問われる、考える、松山ケンイチの眼差し、長澤まさみの葛藤、まだ現実から距離がある世代の反応など、それぞれの演技が「見たくないもの」を「魅せて」くれた。
エンドロールがあたたかく傷を癒す。。
相手の同意はありましたか?それは勝手な自己判断では? どれだけ詳細に状況を記そうとも、悲惨に「思えて」も、その本質は当人達にしか、知り得ない。関係者のその後を果たして本当に好転させた??? 心根の優しい青年を苦悩させ、歪ませてしまう、介護現場の苛酷さよ、、
⭐︎4.3 / 5.0
怪優たちの饗演
アマプラ自動再生していたら、
いきなり始まってしまった。
やばい…
陽光降り注ぐ、暑い夏の昼に観るテーマじゃない。
全人類に共通する重い重いテーマ。
そして一生答えなんか出ない。
それでも、いざ自分の出番が来た時に
どうするかは分からないが、今のうちから
考えておかなくてはならないテーマ。
ということで、肯定も否定もできない。
頭のどこかに置いておくことにした。
その日が来るまで。
なので映画的目線でお話しする。
なんといっても松山と長澤の熱演。
これに尽きる。
もちろん他の俳優も凄いのは言うまでもない。
最初の取り調べのシーン。
松山の背中から語り掛ける長澤。
・事実関係の確認しているだけですよ。
というアングル。
ゆっくりとカメラは90度移動し、
長澤は松山の前に回り込み、二人は対峙する。
・ここから内面について深堀しますよ。
という意思表示。
しばらくして2度目の取り調べのシーン。
基本的にカメラは相手の肩越し(斜め)から
話す人の正面の顔を捉えている。
・二人の意見は全くの互角。
両方に感情移入できる設定。
さて、あなたはどちらの考え?と観客に問いている。
ラスト刑務所での面会のシーン。
アクリル越しに長澤の独白を聞く松山。
相変わらずカメラは斜めだが、アクリルに相手の顔が映る。
・松山の行動には同意できないが、
長澤の内面には松山と同じ感情が同時に存在している。
あなたもそうでしょう?と観客に同意を求めている。
ついにカメラはアクリルに松山を映さず、
真正面からカメラ目線で「あなたのことを思いました。」
・自分の中に蓋をしていた感情が溢れ、
正直な自分を認知症の母に告げ、
そして今松山にも告白した。
何も言わず、やさしい表情を見せる松山。
ここまで書いて馬鹿らしくなった。
そういうテクニカルな映画じゃないのよ。
これは。
原作は知らんが、映画では最後に若干松山寄りに描かれた。
その賛否に関してだけは私は「否」。
でも実際に自分の番になったのなら「…」。
まだ答えは出さないでおくことにした。
解決はしない
興味深く視聴したものの、問題は解決しない
共感というか納得というか理解できていたのに、松山ケンイチの公判の最後の言葉の終盤部分はなんだかしっくりこなくなって、どうやって映画が結末をむかえるのかと思っていたら、あぁそうねって感じでオススメするには躊躇する。謎もなければ驚きもなく淡々と話が終わったドキュメンタリーみたいなもの!?
そして、何も解決はしていないけど、他人事ではないことだけわかった
気持ちの持ちようは 坂井真紀さんのセリフがそれなりの答えなのかな
長澤まさみちゃんも松山ケンイチくんも映し方も興味深く鑑賞できた 柄本さんとか綾戸さんとか他にも有名な俳優さんだらけ
原作が10年前なので、世の中の事情からズレてしまった 映画化が遅すぎたんですよ
原作未読ですが、ざっと調べた所は推理小説なんですね
映画は推理の部分は軽く流して、厳しい介護の現状と犯人と検事の想いのぶつかり合いがメインになっています
2023年の映画で、原作から10年経ってしまっている
推理に重きを置くのなら良かったが、介護については、今の日本社会からは少しズレてしまった
もちろん、まだまだ満足のいく状態では無いけれどね
昔、おじいちゃんがボケてしまった頃は、家庭で介護が当然だった
本当に悲惨な状態だった
最後は入院したが、ベッドに縄で縛り付けられていたのを鮮明に覚えている
制度も医学もまだまだだったんだ
そして
オヤジがボケた時は
僕らの所得でも、さがせば老人ホームになんとか入れるようになっていた
凶暴だったけど、縛られることはなく、鎮静剤をうたれて、車椅子にすわってヨダレ垂らしていた
これはこれで不憫だったので、別のホームに入れて鎮静剤を抜いたら、また凶暴になって、他の入居者に恐れられ、共用のテレビを独占していた
介護認定で、おかしいのは、
要介護判定が、寝たきりの方が高く、身体が元気なボケ老人の方が低い事だ
ボケ老人は凶暴だったり、脱走するので大変
寝たきりになって、ホッとしたのを覚えている
2000年から始まった介護保険制度は、まだまだ満足とは言えないが、年々改正され、浸透してきている
低所得家庭では、まだまだ援助が手薄な面があるのは認めますが、年々良くなっては来ている
なんとか入れる老人ホームも増えてきているし、在宅介護にも援助できるのように整備もされてきている
問題は山積ですが・・・
今は、ヤングケアラーなどの対策も急がれています
原作の10年前に比べれば、ずいぶん良くなってきたと思いますので、犯人の言い分は今でも通用するかと言うと疑問です
何度もいいますが、まだまだですけど
制度の改正だけでなく当事者の意識も変えていかないといけない
映画について思うことは、彼は介護に疲れ精神的に病んだ
映画のような介護疲れからの殺人は、未だにあります
でも、彼の考え方は狂人のそれですね
映画では公平に両方の結果を描いていますが、彼は大量殺人者に違いない
死刑が妥当かは別ですが
原作では、犯行の目的について推理がなされているようですが、そうだと言って彼が正常とは言えませんし、残念ながら、今となっては、彼が望むような社会を目標に努力している最中ですから
国は、介護にだけかかりきりになるわけにはいかないから、すぐには出来ないけれど確実に成果を上げている
少なくとも、暴れる老人をほうって置く事は減っている
家族はもっと行政に頼ってみてください
必ず、今よりいい方法が見つかりますよ
日本のような高齢者社会で介護までケアしようとするのは大変な事です
ただでさえ日本の医療制度は最高なのに、よくやっていると思います。
改正が必要なのは、生きる権利を明確にすると同時に、死ぬ権利も認める事でしょうね
自分の意志で決める
ボケないうちにちゃんと決められる制度を作る事です
ちゃんとルールを作る
やってる国があるでしょ
お手本にしてください
後は、庶民のための大規模な国営の老人ホームかな
集中して管理する
酷だけど、在宅介護や高級老人ホームは金持ちだけの特権にして、他は公営にする。同じサービスと設備を受けられるようにすれば、コストは下がるし、在宅介護が無くなる
介護士さんも安定するしね
資本主義だからって、民間にまかせていては、合理的な制度はできない
医療でもそうだけど、自由がきく暮らしをしたければ金をだせ
庶民は規格どおりだけれど、安心して暮らせられればいい
で、いいんじゃないかな
現役世代が2人で1人の老人をささえる時代が来るんだから、年寄りもある程度は譲歩が必要です
介護の新人が風俗て働くというシーンはいらない
なんの意味もないし、感化もうけない
必要の無いシーンだった
こういうのを蛇足というんですよ
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