「フィクションの意義の一つはこういうテーマを描くこと。」ロストケア ゆめさんの映画レビュー(感想・評価)
フィクションの意義の一つはこういうテーマを描くこと。
介護と家族、そして切り離せない貧困。
現実を直視すると重いこのテーマを正面から描いたとても良い作品だった…。
モチーフになっている事件はあれど、フィクションだからこそできる社会的タブー(社会がなるべく目を逸らしているテーマ)への切り込み。フィクションの力と意義を感じる。
サスペンスというより、社会派ドラマ(しかもかなり骨太なやつ)と呼んだ方が良さそう。
訪問介護施設の職員による利用者(要介護者)の大量殺人。
斯波のしたことは事実だけ切り取るなら社会的に許されないことだ。
でも、彼の行動や思想といった背景を見ると斯波がただのシリアルキラーではないことがわかる。
彼がこの行動に至った経緯、この辺の積み上げや描写が本作は本当に丁寧で、だからこそ私たちは正面から斯波のしたことの是非を問うという、本作のテーマに向き合わざるを得なくなる。
本作では斯波の行動に救われた(とは作中で明言されないけど、そうと観客にそう感じ取らせる)被害者家族、斯波の行動を糾弾する被害者家族、斯波の(特に父親殺害に関する)心情、それを裁こうともがく司法、という様々な視点から問題が描かれていたのが素晴らしい。
なんというか人物に対する描き方がフラットであろうと努められていたのを感じた。
法律と社会通念の面から斯波を裁くなら彼はおそらく死刑になるのだろう。
でも斯波の人となりや彼の過去、彼の行動を見れば、彼がただの大量殺人をおこなった狂人であると、私たち観客は言えなくなる。
そして本作で斯波を裁くことに1人の人間として苦悩する大友検事と共に苦悩することになるのだ。
私がこの作品を観て改めて思ったのは、法律や司法は社会全体をスムーズに回すためのもので、それ以上でもそれ以下でもないということ。
法律は私たちが安心して暮らすために大切なものだけど(例えば殺人が許された世界では私たちはスムーズに暮らしていけない)、個人の救いにはならないこともままあるのだ。
そして「法律でそうなってるから」と思考停止し、やむをえず追い詰められている人々(セーフティネットからこぼれ落ちてしまった人々)の実情を知らず、知ろうともせず、そこで踏ん張る人たちの叫びを黙殺して、断じてしまう人間にはなりたくないな、と思う。
今は安全圏にいても、いつ私たちは同じ状況になるとも限らない。
直視するのが辛くても、自分事として社会で向き合わなければいけないのだろうなと思う。
(本作が作られた意図もそこにあるのだろう。)
演者の皆さんもとても素晴らしかったのだけど、やはり本作は終始静かで理知的な態度を崩さない斯波を演じた松山ケンイチさんが良かったし、そして斯波の父を演じた柄本明さんが圧巻だったな。
私の亡くなった祖父母も認知症で要介護だったのだけど、祖父母の様子を鮮明に思い出した。認知症で身体が自由に動かせない人間の様子をなぜあんなにリアルに演じられるのだろう…。
そして斯波がアパートで父の介護をしながら2人で暮らしているシーン、どんどん部屋が荒れ、斯波がやつれていき、でもたまに穏やかに語らう瞬間がある、あの一連のシーンは本当に胸が苦しくて苦しくて、忘れられないと思う。ずっと嗚咽をこらえながら観ていた。
斯波の父が斯波に「殺してくれ」と言うシーンなんてもう劇場なのに嗚咽がこらえきれなかった…。
本作でも描かれてたけど、認知症の方って行動や言葉で周りを傷つけることもあれば、フッと以前の優しくて理性的な姿や意識に戻る瞬間があって、だから介護してる家族は苦しいんだよね…。
思い出もあるから憎みきれない、見放せない。
そういうのもエグいくらいにリアルで、だからこそ観ていて本当に辛かった…。
観ていて本当に辛くもあるのだけど、目を逸らしてはいけないテーマを真摯に描いた良作だと思う。