警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件のレビュー・感想・評価
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犯人にはフォーカスせず
事件発生から犯人逮捕までの過程を、警察の捜査とルーシーさんの両親との軋轢などを交えて描くドキュメンタリー。犯人側の掘り下げはない。東京の夜の街のダークサイドをある程度は示すがそこもあまり深堀するわけではなく、警察の捜査過程を当事者たちの証言をもとに追いかけていく内容だ。当時はまだ監視カメラが町中になかった時代なので、操作は難航していくが、ルーシーさんの両親が来日して自ら懸賞金を発表したりとメディアに積極的に登場し、イギリス首相とも面会し、政治的な働きかけもある中での現場の捜査員たちの強烈なプレッシャーを事細かに明らかにしている。
犯人は大量の余罪があり、前代未聞の性犯罪事件が明るみになったのだが、この作品を観てやはり多くの人は犯人は何者なのかが気になるのではないだろうか。複雑な出自を持つ人物で触れにくい面はあるだろう、しかし、この犯人がこのような犯行にいたる動機や理由は、この事件の重要なポイントではないかと思う。
当時の捜査員たちが今でも被害者の遺体が発見された場所にお参りに行っているのはとても印象に残った。
捜査班
のインタビューを通じて事件をドキュメントするスタイルが評価できる作品だと思う。
一次レベルの視聴だと警察の努力と頑張りを評価することに繋がるのだろうが、二次的レベルまでいけば、警察組織の旧態然とした姿に気づける内容だと思う。
ここで、警察を批判するような感想だけで終わると罪w
なので、拡大解釈感想を◎
我が国頑ななスタイルは常にサイコと外圧が揺さぶってきた。この揺さぶりを受け変わってきたスタイルはのちにガラパゴス。と呼ばれるものに変容する。
そんな中でも絶対的に変わらない。信仰心は常に他者との対話に現れる。
僕はそれはそれで良いと思う。
変わる必要のあるモノゴトと変わる必要のないモノゴトを
改める作品。不易流行である(^^)
事実か小説か。奇なるは只管人間という生き物・・・。
事件の凶悪性から興味を持って観たが、思った以上の大事件であったことを初めて知る。警察関係の方もこの事件に対しては思い入れもあるようで、感情的になる場面も多い。事件の解決に至ったことはせめてもの救いだ。
ご冥福を祈らさせて頂きます。
当時の映像を交えながら、捜査員が捜査を振り返っていく形で、なんか捜査員の思い出みたいな印象…
犯人の生い立ちや動機などの、普通だったら語られるべき犯人への深掘りが、あまりに少なすぎる…
モヤモヤして、腑に落ちない、個人的に、残念なドキュメンタリー。
『TOKYO VICE』の名で、日本を舞台に日米合作でドラマ化された本の著者、ジャーナリストのジェイク・エーデルスタインも、
当時この事件に携わっていたようで、このドキュメンタリーの為に答えています。
(同作で主演のアンセル・エルゴートが演じた役のモデルになった人物です)
ルーシーさんの、お父様も、出演していますが、悲しみに潰されず前向きに懸命に生きてらっしゃいます。
お父様の言われた言葉は深い。
この作品の評価ですが、前半は退屈、後半は興味深く、意外な事が知れたり…
まあまあ…です。
立件できなかったおびただしい数の犯行
ルーシー・ブラックマンさんの事件をきっかけに、人を人形のように扱う悪質で卑劣な犯行が何百件と見つかるが、立件できたのはほんの数件の犯行だけ。諦めずに必死で探し続けたルーシーさんのご家族の気持ちを考えると悔しくて辛い。ご家族はもちろん、この件に関わった警察官も本当に悔しかっただろう。
元の捜査班が調べた件を勝手に洗い直すことは御法度であるという暗黙のルールを破り、書類を調べ直し犯人を見つけ出していく山代班の刑事たちの執念には驚きと敬意を感じた。無難に出世だけを考えているような人間では犯人は見つけられなかっただろう。
内容も濃く良作なので、もっと長いドキュメンタリーにしても良かったと思う。
執念の捜査・・・犯人が憎い、許せない!!
罪を憎んで人を憎まず・・・との言葉があるが、
犯人(織原城二)は憎んでも憎みきれないほど憎い。
人間の皮を被ったモンスターだ。
ルーシー・ブラックマン事件(2000年)は過剰な報道されたので、
良く覚えています。
1メートル75センチで金髪の白人美女ルーシーさんの愛らしい笑顔。
彼女が来日して間もなく失踪した。
マスコミの報道は父親が来日したことから、過熱が更に加速した。
アパートに荷物は置いたまま、イギリスの母親や妹にメール一つせずに消えた。
この事件が特異なのはルーシーさん失踪の11日目には父親が来日。
マスコミに働きかけ後日には英国のブレア首相にも働きかけている点。
外圧に弱い日本警察が行方不明というだけの外国人女性の捜査に200人体制で臨んだ。
ルーシーさんは行動的で頭の良い素晴らしい父親や母親・妹を持ったと思う。
でなければこの難事件は解決をみなかった筈だ。
ルーシーさんは「新しい世界を見たい」
そう言ってキャビンア・テンダントの仕事を辞めて、六本木のクラブでホステスとして
働きはじめた。
そして犯人(織原城二=おばらじょうじ)と接点を持った。
ルーシーさんはクラブホステスを単なる高額バイト、
そう認識していたのではないか?
外国人記者が「クラブのホステス?」
「ホステスとは売春婦なのか?」と錯覚してルーシーさんのお母さんは
深く傷ついたと言う。
確かに売春婦ではない!!
けれどルーシーさんのような良家の真面目な娘が働く場所ではないだろう。
高額バイトに釣られなければ、あるいはこの事件は起こらなかったし、
織原と会うこともなかった・・・やはり悔やまれる。
死体なき殺人。
しかも誰と何処へ消えたのかも全く知れない事件です。
家族が奔走することの重要性を強く感じた。
過去にトイレの盗撮で前歴がある人物。
しかも大金持ちで皇居の近くの霞ヶ関の高級マンションに2部屋を
所有して、
地下駐車場には赤や黄色のポルシェ・フェラーリなど6台の車を
停めている。
犯人(織原譲治)の手口は、「海へ行こう」と誘って、逗子にある
所有するリゾートマンションに誘い、
薬物で眠らせてあらゆる性的暴行を加えて、更に録画する。
そのマンションで暴行されたのは400人余り。
そのうちの9人は薬の過剰摂取などで心肺停止になり死亡していると
される。
そのどれもが証拠がなく立件が不可能だった。
特定された死者はルーシーさんとオーストラリア女性の2人。
しかも織原が全く自供しないので、殺人の罪で裁くことは
できなかったのだ。
(死体損壊と死体遺棄罪)
日本の捜査員は本当に良くやった。
レシート類や高速道路の半券(当時はETCがまだない)やコンビニ、
レストランのレシートを織原は捨てられない人だった。
これが幸いした。
○月○日○時○分、どこで食事して(2名が、)何処へ移動したかを、
捜査員は一枚一枚レシートから追っていった。
それと携帯電話の位置情報も履歴から割り出した。
本当に緻密な骨の折れる捜査だった。
捜査員の心には、楽しい希望を胸に訪れた愛する国・日本で、
殺人鬼の蜘蛛の糸に掛かったルーシーさんの無念を晴らしたい・・・
その思いが、どの捜査員の胸もあった。
遺体の発見現場。
そこは神奈川県三浦市の海岸の洞窟。
(とても足場の悪い辺鄙な場所。織原の変質的執着心を窺わせる)
ルーシーさんの遺体が発見されたのは捜査打ち切りの当日の朝8時。
海辺の洞窟を掘っていた捜査員。
かなり深く掘る。
1メートルくらい掘ると白いバスタオルが見えた。
更に掘ると黒い蛆虫が多量に湧いている。
「死体だ!!」
刑事たちは色めき立った。
そして更に掘る。
「足らしきものが・・・」
それから、「頭・・・」
本当に遺体が発見されたのは奇跡でした。
捜査員の執念。ルーシーさんの家族の執念。
事件から10年後の2010年の裁判で織原譲治は無期懲役の刑が
最高裁で決定した。
死刑になるべき犯人です。
でも獄中で過ごす時間が、拘束そして拘禁が織原を苦しめればいい。
死刑より生かされてることが苦痛であればいい。
捜査に当たった刑事たちの有志は毎年ルーシーさんの発見日に
足場の悪い場所を訪れて線香と花をたむけて祈っている。
捜査に当たった刑事の一人はイギリスのルーシーさんのお墓参りをしている。
刑事たちの一人一人にとって20年前のルーシーさん事件は
風化していない。
織原の父親はパチンコ店経営などで財を蓄え、織原が17歳の時に
亡くなっている。
100億単位の遺産を残した。
織原はなぜその金を自分の汚い欲望のためだけに費やしたのか?
子供に財産を残すことの罪を感じる。
ルーシーさんのあどけない笑顔が、いつまでも歳を取らずにいるのも
悲しい。
お母さんはどんな思いだろう。
仮出所しないでほしい奴No.1
この頃と比べて今の司法は少しはまともになってるんだろうか
日本警察の地道な努力と根性の凄まじさは体感したが、法律は一体何を守っているのかという虚しさにも駆られた実話だった
もう少し長尺でも良かったから、丁寧に画いて欲しかった。
あくまで捜一からの視点で画かれているため、犯人の猟奇性が薄く感じるのと、なぜ極刑にできなかったのかの詳細を描ききれてないため、捜一の頑張り度が薄まって見えてしまう。
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