コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話のレビュー・感想・評価
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ウーマンリブの原点か
女性の権利、地位向上と中絶の合法化は同じ線上にある。
中絶は、本来「あのこと」のように重く壮絶なはずで、死亡のリスクも高く母体に苦痛と危険をもたらすものだが、軽く、見やすくして、女性の権利獲得運動、「ウーマンリブ」の始まりのほうを強調したかったように思えた。
中絶しないと母体の命に関わるというのに、中絶の可否を決めるのは男ばかりの会議室内。眼の前に妊婦本人がいるのに本人の意向はいっさい聞かず、隣の夫に確認する。「助かる見込みがあるなら中絶不可」って、妊婦の命はどうでもいい模様、そしてあの会議室で誰かタバコ吸ってませんでした?
女性であれば、だれもが憤慨する場面だ。
「裕福なただの主婦」が自身の体験から不幸な妊娠をした女性を助けたいという思いだけでひた走るのは、爽快でもある反面、夫との関係は大丈夫か、露見して逮捕されないかとずっとヒヤヒヤしたが、キュートな容姿で可愛く振る舞って、家事も手抜きをごまかし、夫に不満を抱かせないよう上手くやっていて笑える。
ただの主婦だが、大卒でアタマが切れるので、自力で堕胎の知識を仕入れ、偽医師を脅して処置を教わり、いつの間にか「ジェーン」の中心人物になっている。
身辺が危うくなり自ら「処置」をしなくなった後は、処置を後進に教えて資金のバックアップに回るという、実は凄腕。
さらっとしか出てこなかったが、「ジェーン」は摘発され、裁判になって、最終的にニクソン政権下で中絶が合法化された。この過程をもう少し知りたいと思うが、これをいれると映画の焦点がぼやけるので、この映画はあくまでも「裕福な普通の主婦」が義憤で始めたウーマンリブの原点にフォーカスする、でよいのではと思う。
女性たちが苦難の末に手に入れた中絶合法化が、トランプ政権下の最高裁で「州ごとに決定」とされ、危うい状況にある。トランプが再選したら、さらに後退する懸念もあるのではないか。
「ジェーン」の面々が、ヒッピーっぽい代表から黒人、尼僧までいてバラエティに富んでいるのは社会的配慮かもだが、それぞれがちょっと類型的な感じもしました。
シガニー・ウィーバーは70歳を越えても強い!1970年代の女性の権利獲得運動の首謀者感あり。
30代後半(多分)のバービーみたいなジョイのエリザベス・バンクスがキュートで賢く、けっこうしたたかでたくましい女性を演じて、個人的に気持ちの良いキャラでした。
未亡人の隣人が、彼女の夫を誘惑するんじゃないかと思ったがそうではなく、彼女はジョイの心からの味方で心が温かくなった。
実話ベースとのことだが、妻の活動が露見しても「離婚」ではなく「支援」に回ったジョイ夫の存在も、裁判はもちろん、その他活動全般にわたって重要だったことでしょう。
愛かな。
中絶禁止法案が再度生まれている情勢を考えると、啓発のためには必要な映画だと思う
2024.3.28 字幕 MOVIX京都
2022年のアメリカ映画(121分、PG12)
1960年代後半に実在した「Jane Collective」の活動を基に描かれるヒューマンドラマ
監督はフィリス・ナジー
脚本はヘンリー・ショアー&ロシャン・セティ
物語の舞台は、1968年のアメリカ・シカゴ
弁護士の夫ウィル(クリス・メッシーナ)との間に娘エリン(ビアンカ・ダムブロシオ)とシャーロット(グレイス・エドワーズ)を授かった専業主婦のジョイ(エリザベス・バンクス)は、3人目を身籠っていて、幸せな生活を過ごしていた
時折、隣人のラナ(ケイト・マーラ)に家事を手伝ってもらい、シャーロットも彼女に懐いていた
ある日、めまいがして失神したジョイは病院に運ばれ、医師のフォーク(Geoffrey Cantor)から「鬱血性心不全」の診断を受けてしまう
出産にはリスクを伴うものの、無事に産まれる可能性は高いと言われる
だが、母体に関しては言及されず、ジョイは医療的措置としての中絶が可能かどうかを打診することになった
物語は、ウィルの計らいも虚しく、病院の会議で拒否され、闇医者を訪ねるために不正に出金したりするジョイを描いていく
だが、いざ手術に向かうとなると怖くなって逃げてしまい、途方に暮れてしまうのである
その後、ジョイは街頭に貼られていた「Call Jane」の連絡先を見つけ、すがるような気持ちで電話をかける
支援団体のメンバー・グウェン(ウンミ・モサク)の案内のもと、とある建物に連れてこられたジョイは、そこでディーン医師(コリー・マイケル・スミス)の手術を受けることになる
手術後にはパスタが振る舞われ、創設者のバージニア(シガニー・ウィーバー)は、ジョイに「Call Jane」に参加しないかと打診するのである
映画は実話ベースになっているものの、モデルのヘザー・ブースの役割をジョイとバージニアにわけている
ヘザーが設立した由来はバージニアと同じ動機で、後半になってジョイが手術をする流れもヘザーが行ったものとされている
そこから波及する動きには虚実が混じるものの、再び中絶禁止法案が施行される州が増えている今としては、必要な対抗措置なのかもしれない
いずれにせよ、具体的な中絶の手順が登場するものの、決定的な映像というのは避けられている
個人的には中学校時代に「中絶で掻き出す映像」を見た事があるので、もっとヤバいところまでいくのかと思ったが、そこまでは描かないので耐えられる映像であると思う
中絶を希望する理由は様々だと思うものの、レイプだろうがなんだろうが関係なくとりあえず産めという州があるのは驚きで、その根幹にあるのが宗教というところも根深いのかな、と感じた
ジェーンが目指していたこと
アボーション(abortion)/人工妊娠中絶、今秋実施されるアメリカ大統領選挙においても大きな争点の一つとなることもあり、この作品に対しては勉強の意味も込めて大いに期待しておりました。で、鑑賞後の感想ですが、悪い作品ではないものの残念ながらやや期待外れな印象です。
上映時間こそ121分ありますが、総じて大した困難もなく案外トントン拍子で進む展開に深みは感じられません。勿論、この問題に様々な障壁があることは解ります。しかしながら、物語上における紆余曲折は主にジョイ(エリザベス・パンクス)の体験と葛藤が中心。そしてそのジョイの「決意の行動」も若干迂闊に過ぎるため、序盤こそハラハラしますが結局その繰り返しなだけ。作品に必ずしもカタルシスが必要とは思いませんが、思いのほか観終わって余韻は残りません。
そして、ジェンダーやジェネレーションの違いは当然として、多様な意見を取り入れている様子を表す意図で「ジェーン」のメンバーに聖職者(修道女)や異人種(アフリカンアメリカン)を配置しているのが、単に記号的でその立場として意見をいう存在にしか見えず、反って有りがちな手法で安易に感じます。
また、支持政党や選挙の結果などを敢えてセリフに入れ込むことで、結果的に作品をプロパガンダに利用しているように見えてしまいことにも白けます。勿論、作品の時代感から言えばその構図も今より判りやすかったとは思いますが、現代ではそれほどに単純ではないはず。むしろ、それを政治や選挙にだけ結びつけてしまうことによって政治利用され、「トップが変われば政策が変わる」ということさえ起りえます。果たして、それはジェーンが目指していたことなのか?政治は手段か目的か?
自分でもややケチを付けすぎかなとも思いますが、事実がもとになっているだけに、下手な演出に思えてやや鼻についてしまいました。悪しからず。
肝心なところがない
シリアスなテーマを軽めにしたのが良かった。
「掻爬」(そうは)という言葉はご存じでしょうか?
掻と爬の二文字とも「掻き出す」という意味の漢字です。
中絶の時の手術の方法でした。
ある映像で、エコーを使っての掻爬の場面を見たことがあります。文字通り、胎児を掻き出す作業です。金属の道具で掻き出すわけですから、肉はちぎれ母体にも傷をつけます。(幸い?)画像は見にくかったので、解説がなければ何をしているのか全くわからない状態でした。
現在は方法も改善はされているでしょうが、中絶の手術というのは本質的にはそんなものです。
そのことをよく知った上で、この映画を見て欲しいと思います。
中絶をする権利は、この映画のような多くの人々の闘いの結果、勝ち取ったものです。その権利が、アメリカでは奪われつつあるとも聞きました。
矛盾した2つのことを書きました。
両方のことをよく知ったうえで、(あるいは見た後に調べてでもかまいません)見て欲しい映画です。
あ、セルピコが、、、
合法でも安全でもないが、やるしかなかった
非合法時代の妊娠中絶という点では、国は違いますが「あのこと」という近年の作品もありました。
「あのこと」は施術の困難と、痛みを観客にも感じさせる作品でしたが、この作品は痛み(心のではなく体の)を感じさせることは目論見ではなかったようで、だいぶ角度が違いました。
まず序盤での医師たちの女性を人とも思わないような扱い。夫の発言だけしか相手にせず、妊婦には話しかけることすらしない。
妊娠が原因で母親が死んでも知りません、中絶はできません、しかし妊婦の前で煙草は吸いますという人たち。
これは医師に限らず、母体の安全のためだとしても妊娠中絶という選択肢を与えようとしない制度や社会、当時の多数派=無関心な人々の通念を端的に表したシーンだと思いました。
このシーンではっきりわかるとは、資格を持った医師に施術してもらうのは極度に困難ということです。
「資格を持っていない人がやるのはどうか」「これがいい話なの?」などというコメントが複数みられますが、正しくなくても安全でなくてもやるしかなかったのだというのが、この映画に描かれていることです。
間違っているのは、彼女たちをそんなことをしなくてはならないところに追い込んでいる法律や社会の方でしょう。モヤモヤするべきところはそこですよね。
その法律が変わるまでの話でもあります。(また元に戻りかけてますが……)
おそらくあえて暗くなりすぎないように描いているとは思うのですが、主人公の夫のキャラは、男性も「正しさ」で切り捨てて終わる人ばかりではないという、わずかな希望としてもあると思います。終盤で彼が行ったことには少し驚きました。
シガニー・ウィーバーがまだまだ魅力的でした。
それと、基本的な知識として1960年代末のことを知っておくのは大事だろうと思います。
彼女たちの「連帯」が生まれ得たのも、あの時代の空気が多かれ少なかれ関係しているでしょう。
女性の権利の話です。
気になっていたテーマなので見てみました。
1960年代終わりの違法な人口中絶をしていた女性グループの実話をもとにした話です。
主人公が金持ちで、望まぬ妊娠でもなく母体保護のための堕胎でさえ許可が降りない状況から世の中の女性の見えない差別に気付き、組織の活動にのめり込んで行く流れがなかなか上手いなと思った。
より多くの女性を助けるために値下げの努力、勉強をしていく。かなり多くの女性が切羽詰まった状況だったのだろうなぁ、、そして時代が彼女達に追いついていく、、、と、女性の権利にフォーカスして話は進むが暗部はあまり描かれてない所が惜しい気もする。
最近アメリカではまた中絶禁止の声が高まっているらしいが、中絶が違法だとしたら代わりに社会の受け皿が完備される必要があるはずだ。貧困や格差がこれだけ開いた状況で(日本もね)何言ってんだ的な気はするし倫理的な問題は残るが、産む女性に選択権が全くないのは確かにおかしい。
理想主義的価値観とリアリズムのせめぎ合い
60年代後半から70年代前半にかけて、当時の法律に反して、アングラな組織として人工中絶を実施していた実在の組織、「ジェーン」を題材にした社会派ドラマ。
本作の冒頭でまず目を見張るのは、60年代後半を意識した、当時を再現したかのようなざらつきのあるノイジーな映像表現と、レトロモダンなファッション、そして当時の音楽の数々だ。
重いテーマを題材にしながらも、当時の時代の気運を反映つつ、ポップでおしゃれな作りとなっており見やすい内容だった。
本作の主題である人工中絶について、現在アメリカの複数の州で再び禁止となっているとのこと。この実情を鑑みれば、本作がその反対の立場からのプロパガンダ映画であることは明らかだ。一方で、それが故に、改めて「女性の権利」としての人工中絶の是非について考えさせられる内容だった。
時代背景を考えれば、避妊薬や性教育などが一般化する以前、人工中絶は、女性にとって今よりもより切実な(よりリアルな)社会的課題であったことは想像に難くない。作中でも、20歳前後の依頼者が、妊娠する仕組みもよく分からず、何が何だか分からないと語っていたシーンが印象的だった。
そして、非合法な手段を駆使しながらも、病的な理由、性暴力などの理由、経済的な理由、そして情報弱者として弱い立場にある女性に対して、人工中絶を支え続けたシガニー・ウィーバー扮する「ジェーン」のリーダー、バージニアは、この時代を象徴するリアリストの活動家だ。一方で、それらの医療行為は、決して望ましい姿では無かった。
本作のテーマである人工中絶について、60年代後半~70年代前半のアメリカという時代背景を考えれば、かつての「 白人 男性 至上主義 」の価値観から、現実社会がどんどん乖離し始めてきた時代ではなかっただろうか。公民権運動や女性解放運動もそれらの事例の一つだろう。こうした全体の流れの中で、女性の社会進出や権利が叫ばれ、1973年に人工中絶が事実上の合法化に至ったのだろう。
さて、これらを踏まえて目線を現在の日本に向けてみると、外科手術よりも比較的安全で、世界的に主流となっている「 経口中絶薬 」の初承認が、なんと昨年5月と驚きの事実。これは、先進諸外国と比べて30年ほど遅れており、G7で見れば唯一日本のみが未承認であったそうな。加えて、避妊薬として低用量ピルが承認されたのは1999年と、アメリカに遅れること約40年。フターピルの承認はさらに遅れること10年。
倫理観や価値観、そして前提となる法規制などは国それぞれと思いながらも、この話のオチとしては、低容量ピルは国内で可能性が議論されてから承認に至るまでに40年~50年ほどかかっているのに対して、バイアグラについては、過去に例を見ない異例の速さで国内の承認に至っているという事実だ。
日本はまともな国だと誰もが考えていながらも、諸外国と比較すると、無意識にも「女性の権利」を尊重出来ていない「ガラパゴス化」した国になってしまっていないだろうかと、ふと考えてしまった。
「時代」という大きな船が進路変更に舵を切るには時間がかかる
とても重たいテーマでした。
その割に淡々と時が過ぎていきがちかな、本当はもっとドロドロした部分はあったのではないかと邪推してしまいます。
マフィアとのやり取りとか、金にまつわるグループ内でのいざこざとか、主人公の夫婦間・母娘間・隣人との関係、警察の絡み具合などなど……
そこが描かれていたらもっと見ごたえのある作品になったのではないでしょうか。
「カラーパープル」からもう少し後のアメリカ、それでも今と比べれば男女間の立場の格差は歴然、そして妊婦の前で平然と煙草の煙をくゆらす医療関係のお偉いさまども!この馬鹿ちんが!と、今なら声を大にして叫べるところですがねぇ。
辛い思いをしてきた人々の声、最初は小さな声でも積り重なって大きな潮流になる、だけどそれは巨大な船が瞬時に進路変更ができないのと同じで、ゆっくりと見た目にはわからないけれどいつの間にか方向を変えていた、みたいになるのでしょうね。
それにしても判決を下したのは保守的な共和党のニクソン政権時代だったというのは、歴史に疎いワタシにはなんだか不思議に感じました。
画像的には1960年代の無駄にデカいアメ車から1973年の判決の時にはヒッピースタイルに移り変わっているカルチャーが観られて、そこは面白かったなぁ。
なんだかバイデン政権下で妊娠中絶のあり方が見直されたけど、それが世界中で不幸な女性を増やすことの引き金にならないことを願うばかりです。
主義主張は素晴らしいが、出来としてはあと一歩
シガニー・ウィーバーの名前だけで鑑賞、まさに適役でリブの闘士のような役を颯爽と。妊娠中絶が禁止されていた1968年の実話に基づく当時の「ウーマン・リブ」を描く。そういえばこの言葉、近頃はまるで聞きません、現在はフェミニズム及びジェンダーで括られますが決してリブ即ちliberationが完遂出来たわけではないどころか、米国では最高裁判定が覆され中絶禁止の州が増えている。だから本作が作られたのも意味がある。
主人公の夫と闇医者そしてほんのワンシーンの警察官、この三人だけが本作での男優の仕事(他チョイ役でもおりますが)。監督も脚本(男女の共作)そしてメインの役はもちろん助演も多くが女性の本作、問題点を集約したような布陣です。
新しい命の尊い誕生である妊娠、男性が居て初めてなしうる妊娠が、その瞬間以降、女性にだけ負担が圧し掛かる現実。だから男女の性差による役割があるのよ、などと旧来の保守層の固定概念がある。しかし想像してみてください、男に生まれるか女に生まれるかの確率は50:50、女に生まれてしまったら学者にも経営者にも政治家にも大統領にもなれず、男に服従するのみなんて耐えられます? 自由に性差があっていいはずがない。
その上で、望んだ妊娠ですら女性に命懸けの決意を要求される、ましてや望まない妊娠の場合は女性の将来を絶望に追いやるわけで、その裏には男どもの一瞬の快楽があったはずなのに。本作のクライマックスは主人公ジョイが中絶手術を受けるリアルなシーンに凝縮される。もちろん直接的な描写ではなく、冷たい器具が金属音を立て、色んな痛みが襲い、ジョイの表情のアップが延々と続く。その耐える姿には痛みのみならず、見ることの無い新しい命の喪失、そして後悔と受難と犠牲と開放がないまぜとなって襲う。この片鱗だけでも男に味わってもらいたい、そんな意図がシーンに溢れ、私(男)には相当に痛いシーンでありました。
シカゴの中産階級しかも弁護士一家なのだからもうちょっと上でしょう、豪華なカクテルドレスで遠巻きに見る主人公ジョイにとって、ベトナム反戦デモは正にホテルのガラス戸の向う側の世界。ガラス越しのこの描写は彼女を取り巻く環境を画で表す素晴らしいシーンです。後に状況変わって隣人とおしゃべり時に民主党に投票したの、と言ったら共和党が当たり前の隣人に驚かれるシーンがありました。ブロンドを外側にカールした髪型と上品なスーツを着こなす主人公を典型的アメリカン・ビューティーなエリザベス・バンクスが演ずるのがミソですね。彼女が街のダーティーなエリアに足を踏み入れ、社会の真実に目覚め、次第に傾倒してゆき遂にはムーブメントに入れ込みヒーロー(と言っても裏社会での)にまでなってしまうのですから、映画としては分かり易く楽しめます。エリザベスってこんなに演技が上手だったのね、典型的美女ってのは役者としてチト不利ですからね。
$1が360円の時代に$600を必要とするリスキーな影の組織「ジェーン」の存在是非を観客に突きつける。救済すべき女性達の内実に情状の余地を入れずクールに現実的にリードするシガニー・ウィーバー扮するバージニアが実に頼もしい。病院の評議会で高齢の男どもが母体の危機を顧みず建前論に終始する実態をみれば敵の所在も明らかに。バレたら監獄行きのみならず、万一女性を傷つけたら完全アウトの綱渡り。それでもなお必要とされる世の中の未熟をあからさまに映画は炙り出す。素人の藪医者に頼らざるを得ない、待ったなしなのが妊娠なのである。5年後の1973年に無事中絶が認められるラストまで描かれる。それまでに12000人を救ったとは驚き。
数年前の「17歳の瞳に映る世界」そしてフランス映画「あのこと」と、問題提起の意欲作が続く。しかし、ジョイがムーブメントに惹かれる変節、そして夫はいつのまにか応援する側でそのプロセスはすっ飛ばし、などの肝心の省略は困ったもので。隣人との不倫、娘の成長と、中途半端な描写も多く少々残念。ただ、60年代~70年代のヒット曲が背景に流れ、心地よく、ヒッピー・カルチャーに染まったファッションも巧妙に取り入れ、懐かしさに胸が高揚したのも確かです。
間違ってはいないけど
60sアメリカ オシャレなファッション イケてる音楽
事実に基づく話で、アメリカで中絶が禁止だった時代に女性を助けるため中絶を行った団体の話です。
同じ時代フランスで同じく中絶が禁止だったころ、悩める女性を描いた『あのこと』って映画ありますが、
本作は、中絶する女性目線じゃなく、女性を助けるため中絶を行う団体を、60sアメリカのオシャレなファッションとイケてる音楽と共に描きます。
僕はアメリカの60sガールズポップスが好きなんですが、60sファッションに身を包んだエリザベス・バンクスは当時のガールズポップスの歌手みたい。
シャングリラスのレコードも出てきます(笑)
オシャレで、アメリカ文化が好きな僕には興味津々、タマらなかったです(笑)
女性の痛みを理解しよう!とか、難しく考えて身構えてたけど、思ってたより普通に楽しめたし、予想の何倍も良かった♪
そういう心構えじゃなくても、普通に映画を楽しむ気持ちで楽しめると思います。
評価は、75~80点ぐらい。
レイトショーで観たんですが8割方メンズでした。
「妻を泣かせる男になりたくない」ってセリフがあるんだけど、そうありたいですね(笑)
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