「長い旅の果てに民夫とハウにとってどんな変化をもたらせたのか。そういう点では、何だろうかな~?と思ってしまうところが残念です。」ハウ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
長い旅の果てに民夫とハウにとってどんな変化をもたらせたのか。そういう点では、何だろうかな~?と思ってしまうところが残念です。
名匠・犬童一心監督。これまでも『いぬのえいが』、『グーグーだって猫である』シリーズ、『猫は抱くもの』など動物をテーマにした作品を数多く発表してきた動物映画のレジェンドが、1匹の心優しい犬と、心に傷を負った1人の青年の絆を描き、新たな感動作を生み出しました。
とりわけ注目は、ハウ役の俳優犬のベック。本作で映画初出演を飾りました。このベックくん、線や動きは名優並みの名演技。主役の田中圭を喰って、きっとファンになることでしょう。
ベックが演じるハウはかつての飼い主の身勝手で「ワン」とほえる声を失っていたのです。かすれた声で「ハウ」としか鳴けません。そんな喪失の原体験が、主人公の失恋と呼応して、ハウを寄り添う存在として際立たせていました。
それにしても、ワンと吠えられなくされた設定のハウ。それを忠実に演技で、一度もワンと吠えず、「ハウ」と表現していたのなら、底知れない俳優犬さんですね🐕(^^)
物語は、横浜にあるファミリーレストランで、34歳の公務員である赤西民夫(田中圭)は婚約者である真里菜から別れ話を切り出されていたのです。真里菜の言うことが理解できない民夫。しかし真里菜はあっけらかんとした表情で悪びれた様子もなく、レストランを後にしてしまったのです。
真里菜と暮らすはずだった4LDKの一軒家に戻った民夫は結婚式場にキャンセルの連絡をし、結婚式に出てくれるはずだった友人たちに破談の連絡を済ませた民夫は、勤務先である区役所の住民課で働き、土日は将棋中継に高じ、ミステリー小説を読ふけるという普段の日常に戻っていました。
そんなある日の昼休み、上司である鍋島課長(野間口徹)から1人ではあまりに広すぎる4LDKに暮らしている民夫にペットを飼ってみないかと誘われます。あまり気乗りのしない民夫の話など何処吹く風といった感じで受け流した鍋島の言葉のままに、民夫は次の土曜日に鍋島の自宅を訪れることに。
鍋島の自宅を訪ねると、ゲージだらけでした。妻の麗子(渡辺真起子)は捨てられたペットの保護活動をしていて、家にいる5匹の犬と4匹の猫のうち3匹の犬と2匹の猫の里親が既に決まっているというのです。
その中でラブラドール・レトリーバーとプードルを掛け合わせたラブラドゥードルという大型犬種の1歳になる雄犬だけが引き取り手が見つからないでいたのです。鍋島夫妻から強引に押しつけられた
結果、気乗りのしないまま鍋島夫妻の自宅には5匹の犬と4匹の猫がいて、そのうち3匹の犬と2匹の猫の里親が決まっていた。しかし、のだ。動物が好きでない民夫は犬や猫に視線を合わせないようにするのだが、猫アレルギーと嘘をついて、わざとらしくくしゃみをしたのが災いして、犬を貰い受けるということを了承したと鍋島夫妻に思わせてしまった民夫は、ハウと名付けて渋々飼うことになったのです。
こうして民夫の心の喪失をハウが埋める日々が始まります。しかし、ひょんなことでハウはトラックの荷台に閉じ込められ、遠く青森へと運ばれてしまいます。民夫の住む横浜から800キロ以上離れた場所でした。
ハウは一瞬海を眺めた後、迷いなく本州を南下し始めた。犬のロードムービー、旅する犬の物語の始まりです。
移動手段は歩き、もしくはかけっこ。要は4本の足が頼りです。岩手山の見える自動車整備工場や漁港などで餌を与えられ、なんとか命をつないでいたのです。
ハウの心情は女優の石田ゆり子によるナレーションで分かるようになっています。注意深く記憶すると、物語の伏線になっていることが後々判明することでしょう。
ハウが歩く先々には日本が直面する問題が映し出されます。原発による汚染土などが詰められた黒い袋、福島から転校を余儀なくされた少女(長澤樹)へのイジメ、かつてのにぎわいを失った地方のシャッター通り商店街と独居老人(宮本信子)、恋人のDVから逃れるために修道院に来た被害女性(モトーラ世理奈)が、鳴き声を失ったハウと同じようにそれぞれに喪失感を抱ええていたのでした。
出会う人たちを癒やしながら、ハウは旅をあきらめませんでした。長い旅の果て、ラストは切なかったです。
犬のロードムービーのなかでいろいろ見せられますが、観客が求めているのは細切れのエピソードの羅列よりも、ハウと民夫の関係。そして民夫の喪失感が癒されて、新たな出会いで希望が見いだせるのかどうかということでしょう。そういう点では、落とし所の弱い作品だと思います。長い旅の果てに民夫とハウにとってどんな変化をもたらせたのか。そういう点では、何だろうかな~?と思ってしまうところが残念です。
・公開 2022年8月19日
・上映時間 118分