「モリコーネが溢れ出す」モリコーネ 映画が恋した音楽家 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
モリコーネが溢れ出す
好きな海外の映画音楽作曲家は?…と聞かれたら、自然とジョン・ウィリアムズとエンニオ・モリコーネの名が出る。
大巨匠二人で教科書みたいな答えだが、どうしてもこの二人の音楽に魅せられる。
共に偉大なキャリアと多大な功績を残しているが、タイプとしては似てるようで違うようにも感じる。
ウィリアムズは王道も王道。THE映画音楽。昔ながらのフルオーケストラ。
モリコーネもそうでありつつ、一連のマカロニ・ウエスタンでの独創的な音楽。様々な分野の音楽を組み合わせたり、作品に応じて実験的な音楽も。ジュゼッペ・トルナトーレとのコンビでは心に染み入る美しい名曲…。異端にして唯一無二の探求家。
本作はそんなモリコーネのドキュメンタリー。
生前のモリコーネが自らや映画音楽を語り、半生やキャリア、同業者や業界人からのリスペクト。
ドキュメンタリーの作風としてはありふれているが、初心者でも見れる。
監督はトルナトーレ。やはりこの人が撮ってこそ。
手掛けた名曲の数々も流れ、2時間半超えのボリューム。モリコーネ好きには堪らない!
ざっくばらんに経歴。
元々音楽家志望ではなかったが、父の勧めにより音楽院へ。
トランペット奏者としてイタリア現代音楽の大家ゴッフレド・ペトラッシに師事。
当初は成績もあまりよろしくなく、師からも期待されていなかったというから驚き!
次第に才能を開花させ、作曲や編曲を始める。数多くのアーティストへの楽曲提供も。
映画音楽デビューは1961年の『ファシスト』。彼の名を上げたのは奇遇にも学校の同級生であったというセルジオ・レオーネとのマカロニ・ウエスタン。
暫くはマカロニ・ウエスタンの音楽が多かったが、やがて国内外問わず様々な作品や監督に重宝され、手掛けた総本数は500本以上…! 時には一年間に20本以上手掛けた事も…!
栄えある賞も多く受賞。オスカーは長らく無縁だったが、2007年に名誉賞を、そして2016年、クエンティン・タランティーノの『ヘイトフル・エイト』で悲願の作曲賞を受賞。
映画音楽のみならず、本来の純音楽作曲も。コンサートは常に大盛り上がり。
2020年に亡くなるまで活動を続けた、世界音楽屈指のマエストロ。
だがそんなマエストロも、苦悩や葛藤の連続であった…。
音楽院時代なかなか認めて貰えず、劣等感抱える。
アーティストからは声が掛かり、映画音楽も引っ張りだこだが、師や学友からは良く思われず…。俗悪な映画音楽など手掛け、純音楽への裏切り。
それでもモリコーネは映画音楽の作曲を続ける。
暫くは来る日も来る日もマカロニ・ウエスタンの音楽ばかり。それで有名になったから宿命と思って引き受け続けるも、決して満足していなかった。あの『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』の音楽に対しても不満を。嘘でしょ!?
打ち破ったのは、『続・夕陽のガンマン』。従来の音楽に囚われず、あらゆる手法を駆使して作曲したという。やはりほとんどの人が口を揃えるのも、これ! かく言う自分も。初めて聞いた時の衝撃は忘れられない。何かで読んだ事がある。“人間には二種類いる。この音楽を聞いてモリコーネが嫌いになる者と、虜になって抜け出せなくなる者”。ちなみに私は後者。
音楽を巡って監督と衝突する事もしばしば。新曲を作るも、以前の音楽を流用されたり、あの音楽のようにと注文あったり、屈辱も感じたという。が、作曲した音楽は監督をいつも納得させる。
映画が失敗すると、責任も感じたという。
映画音楽家として地位を高めるも、映画音楽から身を引こうと思っていたのはしょっちゅうだったという。
それでも彼を引き留めたのは、映画音楽だった。
新人監督との仕事や初ジャンルへの挑戦。さらにモリコーネ音楽世界が広がっていく。
声楽や交響曲からのインスパイア。それらを無限に取り込んでいく。
その都度その都度ターニングポイントとなった作品も。
レオーネとの『ウエスタン』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。
国際作品なら、『天国の日々』『ミッション』『アンタッチャブル』。特に『ミッション』は自信作で、これでオスカーを逃した事は本人にとってはショックで、アカデミーにとっても大いなる過ちと言われている。
そしてトルナトーレとの運命の出会い。親子ほど離れた歳でありながら、師弟であり盟友。
『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』『マレーナ』…。
何故だろう。トルナトーレとのコンビの時は特別な音楽に聞こえるのは。
『ニュー・シネマ・パラダイス』のノスタルジーを掻き立て、『海の上のピアニスト』では主人公に自分を重ねたという。
時に監督や製作者以上に作品を理解し、その音楽で作品を物語ってしまう。
見ていて、日本の伊福部昭と似通っている所があると思った。
伊福部氏も管弦楽の分野から映画音楽へ。
映画音楽が裏方だった当時、監督に対しても音楽の事ではっきり物言う。
名を上げたのは『ゴジラ』などの怪獣や特撮作品。“ゴジラの音楽の人”とだけ言われるのを嫌うも、一連の作品は特別心血注いだという。
作曲総本数は300本以上。映画音楽の傍ら、従来の管弦楽も。晩年、亡くなるまで。
異端の存在や音楽に捧げたその生涯。
彼らの音楽に魅了されるのは、だからだろう。
『ヘイトフル・エイト』でのオスカー受賞ははっきり言って遅すぎた。
モリコーネの多大な功績を称えるのに、このシーンだけでは足りなすぎる。
が、我々世界中のファンや同業者や業界人は知っている。彼がどんな偉大なマエストロか。
多くの監督や同業者が彼を語る時、その音楽もしっかり覚えている。これは、凄い事だ!
音楽に取り憑かれ、音楽に身を捧げたようでもあるが、その逆でもある。
音楽や映画が彼を離さなかった。音楽が楽譜を書いてと懇願し、映画が彼に音楽を付けて貰う事を望んだかのよう。
モリコーネと映画音楽。
葛藤しながらの映画音楽人生だったが、フィルムの最後、モリコーネはこう述べている。
映画音楽は最高の現代音楽だ、と。
どの作品を見ても、どの音楽を聞いても、
そこにはモリコーネが溢れ出す。