すずめの戸締まりのレビュー・感想・評価
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僕の生きがい
まず映画の感想を語る前に、私がアニメーション映画を好きになったきっかけが、新海誠監督の「天気の子」を観たことでした。それを機に沢山のアニメーション映画を観ました。そんな中で新海誠監督の最新作が公開されると言うことで楽しみにしないわけがありません。うっきうきで映画館に向かいました。さてここから感想に移ります。圧巻でした。作画はもちろんのこと、音楽やキャラ設定など、どこをとっても深く作り込みがなされており、文句のつけようがありません。また、ストーリーに関しては、前作、「天気の子」より作り込まれていたという印象です。前作では、音楽を前面に押し出していましたが、今回はそれをせず、ストーリーで勝負しにいったのではないでしょうか。結果的に今作は前作とはまた違う面白さがあり、最高なものに仕上がっていました。しかし、少々設定が難しいところもあり、私自身まだ、理解が行き届いていないところはあります。それは2回目以降の視聴の際に確かめていこうと思います。
これは、前作にも共通することなのですが、新海監督の作品は観終わった後の余韻が凄まじいです。この3年、新海監督の最新作を期待して生きていたまでもあるので、観終わって少々寂しい気持ちもありますが、今回も、コラボカフェや展示会などが開催されると思いますので、最後まで全力で「すずめの戸締り」を楽しんでいきます。
11/22
2回目、IMAXで観てきました。改めて今回の映画はストーリーの完成度が半端ないなと感じました。1回目では聞き逃してしまっていた会話のひとつひとつをしっかり理解することができたので、物語に対しての理解もかなり追いつき、1回目の時より感動しました。ダイジンが尊すぎます。
天気の子よりは良かったです。
すずめの後始末
はじめに。
予告編を観ても、3・11の話だとは気付きませんでした。鑑賞前にレビューランキングのタイトルを見てやっと分かりました。こういうのは予告編で告知すべきですが、これは宣伝の問題だと思うので、評価には入れてません。
三部作を観ましたが、今作は動きがより滑らかになったと思います。声優も良いし、アニメとしてはかなり良いです。
内容は、要するに、誤って封印を解いてしまった為に邪悪なものが出てきてしまい、それをまた封印するというシンプルなストーリーで、それをどう味付けするかという事になります。
結論から言うと、感動は無かったです。若い子に受けそうな要素をたっぷり詰め込んだエンタメです。
それは良いんですが、1作目、2作目と中途半端に民俗学的な要素を入れて何かすごく深いような雰囲気を出しているけれども、実はそうでもないという印象がだんだん強くなってきました。
マイナス点
・「お返し申す」のは、誰に?あるいは何に?何を? 災いなら「消えろ」「去れ」だし、怨念なら「鎮まれ」「帰れ」と思うので、「返す」ってどういうことでしょうか。
・猫のキャラクターがあまりに雑。顔が可愛くないし、ダイジンという名前のセンスがひどい。神様の本名は何でしょう。
・「要石」という名前もピンと来ない。『要』とは扇子の骨をまとめてつなぐ釘のことで、重要とか要約に使う言葉です。「くびき石」ならミミズを止める意味にはなりますが、守るとか封印するという意味の名前が良いと思います。
・「後ろ戸」を守っている主体が要石なのか閉じ師なのか分かりませんが、代々続く閉じ師ならば2つしかない要石のことは場所も含めて熟知しているのが自然です。
・設定がいろいろ雑なのに、スナックのシーンは細かくて長かったりする。
・場所を悼む映画とは感じられなかったです。
311への想い
まだ早いのかも知れないし、311を知らない世代も増えていて、今更なのかも知れないけれど、強く311への想いを感じた
人の命は有限で、必ずしも自分の思い通りにはならないが、人の思いや行動で変えられるモノもある
ただ、死が怖くないものの命懸けでは無く、死を恐れ1秒でも長生きしたいものの命懸けでしか、成し遂げられないものがあるのだと
そんな事を感じた作品だった。
いつも新しく昇華されていく、新海監督の映画😮
新海監督映画の良いところは、
これまでの人気作品を観た人の期待とか予想をを裏切るところだと思う。今回も空間的に大空や宇宙、都市風景、日本の古文化などデザインが新海監督ぽい映像に満ちているけれど、キーとなる部分、新しいアイデアの部分でこれまでのファン受けを狙った二番煎じみたいな所が無く、逆に観客の期待やマーケットに対して挑戦的だと思う。
今回の作品はタイトル以外殆ど何の知識も無く、そのタイトルがこれまでで一番インパクトが無かったので観る予定が無かったのですが、評判が良さそうだったので急遽映画館へ。「戸締まり」の意味を主人公と一緒に探す事になった。漸くその意味が主人公と共に自分も自分なりに分かった時、一気に感情が込み上げて来た。
今回も革新的で凄い映画でした。
ひとことReview!
今年度の最高傑作かつ最重要作品。作画、音楽、そして、俳優メインでありながらハズレ無しの各キャストの凄い演技に圧倒される。過去の震災で体験した人こそ避けてはならない一本。生きる為には、トラウマを乗り越えなければならない。
エンターテインメント作品ではない
伝えたいことは何となくわかる(全くわからなくはないレベルだ)が、今回の題材、モティーフを、新海誠という作家でなければ生み出せないカタチ、表現で私たち観客に届けられたかというとそれはなかったように思う。
むしろこれからのスランプがあってこそ、10年後、庵野さん宮崎さん今敏さんのような自信のある表現ができるようになるのだと思う。
コンスタントな創作は彼らであってもなかなかに難しいものだ。
ちなみにタイトルのエンタメ作品では無いというのは、“どっち”をやりたいのかが明確では無いため、エンタメ作品とは言えないということ。
周りの感想で多かった、鑑賞後、“心に何も残らなかった”というのが個人的に同感だった。
今作に関しては詳細な感想は書きたくもなく、評価不可だが、数十年後に期待して星1.5。
否定的なレビューになりましたが、新海作品は好きです。
物語としての仕上がりはこれまでの作品を越えてきた作品
これまでの新海誠監督作品とはひと味違う仕上がりになっていて、また新たな新海誠監督の世界を見ることができました。
切ない恋愛ものではなく、ひとりの少女の成長物語という今作は、より多くの人の心に響くものになっていると感じました。
題材として扱っているものは「忘れてしまいたいこと」ではあるものの、その中にも「忘れてはいけないこと」があることを訴えかけてきています。
見る人のこれまでの経験によって、受け止め方の幅がとても広い作品故に、積極的に勧めるのは難しいところはありますが、この作品を通して「あの時の事」を風化させないということにつながればよいのかなと感じました。
明日への希望は、掛ける言葉
災害と共に生きる。
これは、日本に生きる上で切り離す事のできない事象だと思う。
この島国には、4つのプレートに挟まれ、地震発生のリスクが高く、地震による津波の影響も少なくない。
3.11では都市が波に砕け、多くの人々が命と、その住処を失った。
今もその爪痕は残っている。
本作は災害の後、共に生きる事を、現実に起きた災害を題材に逸らさず描いていく。
もちろん前半部分の旅(冒険)パートや擬人化ラブコメパートも心地よく描かれているので、観ていてダレる事がない。
また、中盤から現れる芹澤くんは、かなり良いキャラであり、彼の存在が物語の軽快さを補助してくれる。
環さんの悲痛な叫びも、その後の自転車の上での二人の会話も、生きてきた証を感じる言葉だ。
ダイジン周りは説明不足感も否めないが、その分妄想が捗る。過去の人柱が要石から神となった……とか考えると、ダイジンの最後の台詞も悲しくなります。
しかし何と言っても本作の見所は、やはりラストシーン。
草太の台詞と、すずめの台詞だろう。
草太がみみずへと語る言葉。
この不安定な世界で、それでも生きたいと願うのは、きっと出会った人との繋がりが、そう思わせるのかも知れない。
小すずめとすずめの言葉。
辛さと無理に向き合うのではなく、共に過ごし、自分自身を救うような言葉は、過去の自分と今の自分を救い出してくれるような台詞だった。
この作品を見るのが辛いと思う方も少なくないと思う。
しかし、この作品が伝えたいのは、悲惨さや恐怖ではなく、明日に向かって生きると言う、ささやかな希望だ。
センシティブな内容の為、扱う事の難しかった題材。
そこに真摯に向き合い、作品を作り上げた監督とスタッフに感謝したい。
声優陣の演技も世界観とマッチしていて、違和感なく物語を楽しめた。(特に小すずめ役の三浦あかりさんの演技は涙が出た)
日本中の全ての方へ。
共に、行ってきます、行ってらっしゃい、ただいま、おかえり。
明日への希望を込めて、日々の言葉を大切にしよう。
それが広がると良いなぁと、思える映画でした。
何かが違う
この作品のテーマ、作画、音楽は高いポテンシャルがあるのに何故か見終わった後素直に面白かったとならなかった。どう頑張ってもテーマがテーマだからゲラゲラ笑う面白さにはならないかも知れないが、見てよかったと思わせる作品には出来たんじゃないかと思う。
ではなぜそうならなかったか、自分なりに考察してみた。結論からいうとチグハグ感と既視感が邪魔しているのだと思う。
まずチグハグ感だが、実際に起きた震災という激重テーマとラブコメはミスマッチすぎた。その2つは水と油であって混ざらないというか混ぜるな危険だと思う。100歩譲って恋愛要素はいいとしてコメディ要素は入れるべきじゃなかったと思う。『君の名は。』は同じ災害がテーマではあったが、あくまで災害の部分がフィクションなのとバランスが絶妙だったので凄く楽しめたが、今作は実際に起きた震災を扱っているのにコメディ色が出過ぎていて、個人的にはもっとシリアスな展開になったとしても振り切った話にして欲しかったなと感じた。
次に既視感だがこれは言うまでもないが、同じ画で同じ音(RAD・神木隆之介など)で同じ題材(災害・ラブコメ)が3回目ともなると流石に飽きた。ファンタジーの部分もジブリ感が否めなかった。次回作には目新しい内容もしくはトップガンみたいな王道だけどそれを極めた作品を期待する。
ぐだぐだ感想を書いたが何だかんだ次回作があるならまた映画館に足を運ぶとは思う。新海誠監督に期待しているので、次は更にいい作品になることを楽しみにしています!
色の鮮やかさに感動
色の鮮やかさに、草の風で揺れる音、描写一つ一つに共感しました。会えるのなら勇気を出して今会いに行くすずめちゃんの雄大に私も今会いに行ける少しだけど気持ち貰いました。私もお祖父ちゃんに嫌いで手を振りほどしてないと会いに行って言いたいです。お墓参りして(生きてるうちに伝えられなかったのが無念)届けたいです。届くと嬉しいなぁと思います!!
#79 3.11へのこだわり
今作も2011年の東日本大震災が軸になっている。
監督がここまであの日にこだわる理由は何なのか?
もし人々があの日の教訓を忘れずに自然災害時に行動すれば、人的被害を最小限に押さえられると信じているからか。
自然の脅威を常に胸に受け止め、過去の記憶を忘れないようにすれば戸締まり師は不要になるのか。
すずめのセリフじゃないけど、津波で家が跡形もなく消えちゃった人達の魂はどこに戻れば良いのかな。
その人達の魂を集めるためにも戸締まり師が必要なのかな。
元も子もないことなんだけど
災いを人が封じる。というのがどうしても受け入れられない。科学の子なので。
天気の子のようにうっかり手にしてしまった力で世界を狂わせた。というのはまだいい。(人間は愚かだよねだから愛おしいという帰結で)
まあ物語なので仕方ないのだけども、代々続く家業とか、鍵型のペンダントとか、ファンタジーとしてキツかった。天変地異の前に人間ができることは備えることだけ。
主人公も最初から余計なことするばっかで全然愛せない。
彼女のその行動が話を前に進ませるわけだけど、逆に言えばそれをしなけりゃソウタは試験間に合ってたはず。可哀想過ぎる。あんなに勉強してたのに。
ただ画面がそりゃもう最高に美しくて。
キャストがどれも完璧だったことは疑いようのない事実。劇場向き。
書き終わって気がついたので追記。
多分まだあの震災を、今も続くあれこれの地震による災害を、「選ばれし者の不思議な力で治めるエンタメ」にするにはまだ心が拒否してるんだと思う。
思ってたより私ってば柔軟じゃないな。
映像は良かった
「君の名は」は話題になっていたけれど新海監督の作品は全然観ていなくて、この作品の公開時期に合わせてAmazonプライムビデオでいく本か観てみました。
最初の小さい鈴芽ちゃんが歩いている場面から、映像が細かくてきれいでした。
テレビアニメなどではしゃべっている登場人物の後ろで他のキャラクターが固まっているなんてよくあるし、普通に人を動かすのにもスタッフの労力がかかるので削れるところで削っているようなのは珍しくありません。
でも、この映画は草原を描いたら一番手前の草花がひとつひとつ丁寧に描いてあって、それがひとつひとつ風に揺れているような、緻密できれいな映像でした。
観に行った劇場が体感臨場とかいう重低音の出るシアターだったこともあって、途中何度も音と映像に圧倒されました。
話の内容としては、なぜ草太さんが要石にされてしまったのか、最後までわかりませんでした。
猫のダイジンは実は悪い奴でなかったことはわかりますが、最後に再び要石になってミミズを押さえつけることになるのなら、なぜすぐにそうしなかったのか。
草太さんとダイジンが初めて遭遇した場面で草太さんはイスに変えられてしまったのだから、要石の役目が草太さんに変わったのはイスになったその場面でしょう?
なぜそうなったのか。
理由がわかる描写がなかったので、映画の基本的なストーリーに関わる重要な部分が結局ナゾです。
それに、鈴芽ちゃんが東北の震災で親を亡くしたこと、お母さんを探す途中で扉の中に迷い込んでしまったことはわかりましたが、親を亡くした3.11の時点ではミミズが地震に関係しているという表現はないのですから、映画の設定としても3.11は自然発生の地震でしょう?
まさか多くの命が失われた現実のあの地震を、映画の中の設定とはいえ「これは俺の考えたミミズというやつは引き起こしたことにする。ミミズがたくさん死なせたのだ」というのは、炎上必至なので無いと思います。
そうすると、3.11はミミズとは関係がないことになるので、なんらかの事件又は事故で親が行方不明になった子であれば鈴芽ちゃんと変わらずに主人公を務めることができて、海難事故でも山岳事故でも、良かったのではないかと思います。
なぜ、多くの命が失われた大事件を敢えて作中に登場させる必要があったのか。
現実の大災害は実際に多くの人が被害に遭って、今も悲しみを抱えている人がいるデリケートな話なので、必要がなければ敢えて映画の作中に登場させることはかえって炎上の危険があると思います。
それを、なぜ登場させたのか。
やっぱり、ナゾです。
ストーリーとしては色々と納得できない部分がありました。
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