「ある愛の男の詩」シラノ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ある愛の男の詩
初演は1897年のフランス・パリ。
以来、世界中での上演や映画化は数知れず。ホセ・フェラーがアカデミー主演男優を受賞した1950年版は昔々見た記憶あり。
日本でも『或る剣豪の生涯』として翻案映画化。こちらも昔々見た記憶あり。
『シラノ・ド・ベルジュラック』と言えば大きな鼻がコンプレックスの騎士の恋物語だが、本作の基となった舞台ミュージカルは身長のコンプレックスに変更。
よくオリジナルからの変更は非難される点だが、本作は違いや見た目より根本的なメッセージや精神が変えられていない。
これに感銘を受けたジョー・ライト監督がオリジナル舞台と同キャストで映画化。
コスチューム劇が十八番のライトなだけあって、この古典でもその手腕を存分に発揮。
美しい映像、凝った美術、オスカーにノミネートされた華麗な衣装。
今回ライトはミュージカル初挑戦だが、これまで手掛けたコスチューム劇や文学作品での流麗な演出がミュージカルでも違和感なく活かされた。キャストに撮影現場で実際に歌わせて撮影するなどリアルな感情にもこだわった。
古典文学の味を残しつつ、そこに瑞々しい現代感覚を加え、ドラマチックなミュージカル演出で謳い上げる。
ライトの手腕もさることながら、ピーター・ディンクレイジが居なくては成り立たない作品であったろう。
小人症ながらも、数々のTVドラマシリーズや映画で存在感を発揮する実力派。
大きな鼻から低身長への変更は、ディンクレイジの為に用意されたかのよう。舞台版でも演じたハマり役。
剣士でありながら、詩人。身長が低いハンデも何のその、躍動感溢れる殺陣。インテリジェンスな内面も滲ませる。
愛する人へ熱い想いを抱くも、自分の容姿に自身が持てず、その想いを表に出す事が出来ない。その一途さ、哀しさを体現。
情感たっぷりの歌声も披露。
ピーター・ディンクレイジ・ショー!
オスカーにノミネートされなかったのが本当に残念。
切ない三角関係ロマンスの古典とも言われる『シラノ・ド・ベルジュラック』。
シラノはロクサーヌに想いを寄せているが、コンプレックスからその想いを内に留める。
ロクサーヌはその想いに気付かず、良き友、良き兄のような存在として慕う。
そんなロクサーヌは新兵クリスチャンに恋をする。クリスチャンもロクサーヌに恋をする。
愛する人の為に、文才の無いクリスチャンの代筆をする…。
内面か、外見か。
届かぬ想い…。
私の好きな『男はつらいよ』でも恋の指南役など似たシチュエーションがあり、本当に原点。その魅力や切なさは色褪せない。
残念だったのは、ロクサーヌ。
演じたへイリー・ベネットも舞台版からのキャスティングなのだが、私的には心惹かれる魅力をあまり感じなかった。
舞台版からの設定ではあるだろうが、しかしベネットの力量不足かもしれないが、ロクサーヌがワガママ薄情女にしか見えなくて…。
ズバリ、面食い。外見が素晴らしい人は内面も素晴らしく、文才もあり。劇中でもはっきりそう言ってるし。
最後はシラノの想いと自身の本当の気持ちを知るのだが…、もっとそれを納得させる分の魅力が欲しかった。
シラノが劇中度々詠う詩。
リアル(現実世界)で言われたら気恥ずかしいものばかりだが、この文芸ミュージカルだからこそ映える。
愛の切なさ、哀しさ、尊さ、素晴らしさ、美しさ…。
愛という名の詩に酔いしれる。