ゴヤの名画と優しい泥棒 : 特集
数億円の国宝が盗難、警察はプロの犯行と断定…でも
犯人は年金暮らしの男!?驚愕実話!こんな英国映画を
待っていた、笑って泣ける完璧なヒューマンドラマ!
次に観る映画を探している“あなた”に、とっておきの作品をご紹介します。イギリス製作のハートウォーミング・ヒューマンドラマ「ゴヤの名画と優しい泥棒」(2月25日公開)です。
物語の舞台は1961年、イギリス。数億円相当の絵画が美術館から盗まれます。警察は国際的な組織の犯行として捜査を進めますが、なんと犯人は、ごく普通の“年金暮らしの男”でした……。
思わずにやけてしまうくらいホッコリできて、胸が温かくなり、爽やかな感動に目の奥からホロリと涙が出てくる……どんな人にも、どんな時でもオススメできる、とびきり良質な一本。その魅力をわかりやすくお伝えしていきます。
【物語の面白さ】実際にあった、嘘みたいなホントの話
英国を驚愕させた世紀の大泥棒、その真実に感動する…
最大の見どころは、秀逸な脚本! ウェルメイドな物語にひたすら脱帽させられます。
[あらすじと魅力]「英国王のスピーチ」「アバウト・タイム」などに続く上質イギリス映画
世界中から年間600万人以上が来訪する“世界屈指の美の殿堂”、ロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、同所から“国宝”と称されるゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた!
前代未聞の大事件の犯人は、ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)、60歳。長年連れ添う妻(ヘレン・ミレン)、優しい息子(フィオン・ホワイトヘッド)とニューカッスルの小さなアパートで年金暮らしをする、ごく普通のタクシー運転手だった。
そんな彼は、イギリス政府に対し身代金を要求。脅迫状には「絵画を返して欲しければ、年金受給者のBBCテレビの受信料を無料にせよ!」と書かれていたが、なぜそんなことを要求したのか?
その背景にはケンプトンの“想い”が宿っており、さらに事件には“もうひとつの真相”が隠されていて……イギリス中を感動の渦に巻き込んだ、優しい嘘とは――?
本作は、第83回アカデミー賞で作品賞含む3冠に輝いたヒューマンドラマ「英国王のスピーチ」や、日本でも根強い人気を誇るハートウォーミング作「アバウト・タイム 愛おしい時間について」などに続く“イギリス発の良質映画”です。
61年に実際に起きた事件をベースに描かれ、ウィットに富んだジョークや皮肉、「そうくるか!」と唸るようなテンポのよい展開の妙などなど、映画好きにとってはたまらない要素がこれでもかと詰め込まれているんです。
Point1.素人なのに、なぜか国宝が“盗めてしまった”
プロの泥棒でも侵入が難しいロンドン・ナショナル・ギャラリーに、忍び込んだのは“ずぶの素人”。入念な計画があるわけでも、手練れの協力者がいるわけでもない。なのに、展示されている国宝「ウェリントン公爵」をまんまと盗めてしまうのです! 事実は小説よりもなんとやら……。
Point2.警察が盛大に勘違い「国際的な犯罪組織によるもの」
絵画を手中に収めたケンプトンは、警察に対し「絵画を返して欲しければ、年金受給者のBBCテレビの受信料を無料にせよ!」と、犯人像がわかりやすい、特徴的な要求を記述します。
が、警察はこれを「撹乱だ」と深読みし、「計画性と実行力から、国際的な犯罪組織の仕業に違いない」と盛大に勘違いするのです。ここに“早く見つかっても構わない泥棒”と、“明後日の方向を捜査する警察”による、奇妙な追走劇が始まります。
Point3.主人公の犯行理由が深い、深すぎる…要求は公共放送料金の無料化!?
ケンプトンはなぜ、BBCテレビ(公共放送/日本でいうNHK)の受信料を、年金受給者を対象に無料にしろと言うのでしょうか?
当時は不安定な社会情勢の真っ只中で、孤独な高齢者がテレビを観て寂寥感を癒し、“社会と繋がっている”実感を得ていた時代。ケンプトンは「お金もなく、娯楽もない、年老いた弱き者(自分と同じような)を助けたい」「有料のBBCが無料になれば、弱者の暮らしはよくなる(そして自分の暮らしもよくなる)」と考え、犯行に至ったのです。
やがて彼の想いは、予想外の形でイギリス中に論争を巻き起こしていきます……。
Point4.事件後の展開も秀逸、極上のサプライズ!
ケンプトンがどのような運命を歩むのか、それは本編を観てのお楽しみ。さらに事件に決着がついても、あっと驚くような極上のサプライズも待っているので、ぜひ映画館で目撃してみてください。繰り返し繰り返し、何度でも観たくなる秀逸な映画をご賞味あれ。
【キャラが超魅力的】綿密で巧みな人物描写も光る
英国を代表するキャスト陣の、幸福な共演を観よう
世界最高峰の演技力を誇るキャスト陣による、ため息ものの名演も見逃せません。ここでは、それぞれの魅力を詳述していきましょう。
[主人公ケンプトン役:ジム・ブロードベント]どこからどう見てもクセつよ男 でもすさまじくチャーミング
本作の主人公は、ひとことで言えば“議論好きのクセが強い男”です。ややもすれば、ちょっと面倒なおじいちゃんにも見えますが、実は「弱き者を助けることが人間の最も崇高な行いだ」という信念を持っています。
思ったことは相手が誰であろうと言ってしまうので、職場ではトラブルが絶えません。移民をバカにした上司と口ゲンカし、その場でクビになることなんてしょっちゅう。ある人からは蛇蝎のごとく嫌われるけど、ある人からはひたすら好かれる……あなたはケンプトンに、何を感じるでしょうか?
演じるのは、「アイリス」で第74回アカデミー賞助演男優賞を受賞したほか、「ハリー・ポッター」や「パディントン」シリーズなどで知られるジム・ブロードベント。チャーミングかつユーモラスな演技の数々から目が離せません。
ちなみに、実際のケンプトンとかなり似ているので、エンドロールでの本人写真にも要注目です。
[妻ドロシー役:ヘレン・ミレン]夫の愚行に呆れる毎日 でも実は深い悲しみがあって…
夫とは長いこと連れ添っていて、つま先から頭のてっぺんまで知り尽くしている妻ドロシー。彼のやることなすことが「どうせろくでもない」と思っているので、何かを始めるたびにうんざりしたようなため息をつきます(その様子が本当に笑える!)。
でも実は、あることで娘を亡くしており、長い間ずっと悲嘆に暮れていて……。「いかに喪失から立ち直れるか?」が、物語のもうひとつのテーマとなっていきます。
演じるは「クィーン」で第79回アカデミー賞主演女優賞に輝いた、英国を代表する大女優ヘレン・ミレン。カビ臭そうなソファに座り、編み物をしながら夫にガミガミと小言を言うその姿だけで、観るものを圧倒するほどの存在感を放ちます。
さらに屈強な女性を演じれば右に出る者はいないミレンが、そのイメージをガラリと覆すようなシーンも多々あり、夫ケンプトン役のブロードベントとの掛け合いが大きな見どころ。言葉は不要です、もう本当に素晴らしい!
[息子ジャッキー役:フィオン・ホワイトヘッド]父と仲の良いクセつよJr. でもこの男が、事件を大きく変える
学校に行くでもなく、働きに行くでもなく、優しいけれどもどこか冴えない息子ジャッキー。父ケンプトンとは似た者同士のため仲が良いが、母ドロシーからは溺愛を受けていて、時々2人の架け橋的役割も果たします。
演じるは「ダンケルク」で印象的な活躍をみせ、世界中から熱視線を浴びた“英国男子のニュースター”フィオン・ホワイトヘッド。実はこの男が、物語を予想外の方向へ導いて……。
そのほか、弁護士役で中盤から登場するマシュー・グード(「グッド・ワイフ」「ダウントン・アビー」「キングスマン ファースト・エージェント」など)にも要注目! 彼が物語終盤で魅せる表情とセリフは、心地よい重みをもって観る者の胸に迫り、いつまでも消えずに残り続けるはずです。
[監督:ロジャー・ミッシェル]「ノッティングヒルの恋人」手掛けた名匠、最後の長編映画
メガホンをとったのは「ノッティングヒルの恋人」「恋とニュースのつくり方」などのロジャー・ミッシェル監督。2020年9月に65歳の若さで逝去したため、本作が彼にとって最後の長編作品となりました。
この「ゴヤの名画と優しい泥棒」も、過去作に通じる軽やかで完成度の高い作風は健在。気負いなく観始められて、心地よいユーモラスな会話劇、エモーショナルな物語展開、そしてグッとくるメッセージに魂をもみほぐされるような……そんな至福のひとときが、あなたを劇場で待っています。
【レビュー】こんな英国映画久しぶり! 笑って泣ける
だけじゃない…今こそ観たい“ゆる社会派の傑作”!
最後に、本作がとことん好きになった映画.com編集者のレビューを掲載し、特集を締めくくりましょう。
筆者は仕事柄、まあいろいろな種類の映画を観る。アクションやドラマ、コメディ、洋画・邦画、ジャンルや国・地域を問わず何でも摂取する。でも時々、仕事を忘れて観てしまうカテゴリがある。それが、本作「ゴヤの名画と優しい泥棒」のような、ウェルメイドなイギリス映画だ。
例えば、パッと思い浮かぶだけで「英国王のスピーチ」「ノッティングヒルの恋人」「ラブ・アクチュアリー」「アバウト・タイム」「フル・モンティ」「キンキーブーツ」などは何度も観るくらい好きだ。これらにピンとくる人は、本作は間違いなく楽しめると思う。
イギリス映画の何が良いのかというと、会話の端々に打ち込まれる“毒”だと考えている。もう少し噛み砕いて説明すると、セリフのブラックユーモア加減だ。そんなトリッキーな言い回しで人をディスるのか、とか驚かされながら、次はどんなセリフが飛び出す?と玉手箱をのぞくような気分で、ワクワクしながら字幕を追う。そうした時間がたまらなく好きなのだ。
本作「ゴヤの名画と優しい泥棒」も魅力あふれるセリフの数々が、ブレーキを踏む気がないみたいに次々と飛び出してくる。具体的なシーンは文字で説明するよりも動画で観てみてほしい。
ずっと観ていられる系の心地よさが全編にみなぎり、こんなイギリス映画は考えてみれば久しぶりかもしれない、ああ、僕はこういうのを待ってたんだよなあ……としみじみ感慨にふける。
でも、そのうち“のっぴきならない社会問題”が、物語の奥から深刻そうな顔をしてヌッと登場してくるから、この映画は本当に奥が深くて最高だと思った。その社会問題とは、イギリスや世界が慢性的に抱える、貧困と社会的弱者についてである。
主人公のケンプトンは、話術は達人級の上手さだが仕事が続かず、誇れるような財産も、過去の武勇伝もこれといってない、どちらかと言えば物悲しい老人として描かれている。
しかしそのケンプトンですら、ニューカッスルでは“かなりマシ”な部類なのだ。街の路地を歩けば、彼よりももっと瀬戸際の老人や若者が嫌というほど目につく。
こんな世に誰がした? 人ではない。国民の生活を根底から規定する政府に責任がある。だからケンプトンは、数億円の価値がある国宝「ウェリントン公爵」を自宅のクローゼットのなかに隠す。貧困する弱者の代表として、“個人を蹂躙する怪物”である政府に対し、厳粛に中指を突き立てるべく……。
まさにケンプトンの強者をくじき弱者を助ける“ロビン・フッド的行動”は、日本における新型コロナウイルス禍や政治の迷走により社会状況が著しく変化し、格差の拡大、生活苦の常態化、不公平感の蓄積に始まる分断といったさまざまな問題が表出する今こそ、我々観客の頭ではなく心を強く、強く揺さぶる。そうした意味では、まさに“今、観るべき作品”と断言できる。
そして、クライマックスは(ネタバレになるため詳述はしないが)胸のすく痛快な展開が待っている。
ケン・ローチのようなゴリゴリの問題提起はないが、ユーモラスかつチャーミングな喜劇で社会問題を描く“ゆる社会派”の傑作。この特集を読んでくれたあなたに、ぜひとも観てもらいたい……心の底からそう思える作品に巡り合えた、この僥倖に感謝している。