「監督の姓が"ミッシェル"表記なのはなぜ? ともあれ、歴史に埋もれかけた真相の映画化に感謝。」ゴヤの名画と優しい泥棒 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
監督の姓が"ミッシェル"表記なのはなぜ? ともあれ、歴史に埋もれかけた真相の映画化に感謝。
Roger Michell監督はイギリス外交官の息子として南アフリカで生まれた英国人なので、姓の発音に近い表記は“ミッチェル”のはず(英語でのインタビューをいくつかチェックしたが、やはりミッチェルと呼ばれていた)。なぜ日本でフランス語風の“ミッシェル”表記が定着したのかは謎だ。
それはともかく、1961年に実際に起きた、ロンドンの美術館からゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた事件を題材にした劇映画だ。劇中で描かれるように、盗難発生後から、「年金受給者にBBC受信料を無料にせよ!」という脅迫状、のちの裁判の経緯まで大々的に報じられたので、事件そのものは有名な話だったらしい。私自身はまったく無知だったので、事件の経緯や裁判の行方などを新鮮な驚きをもって楽しめた。終盤で明かされる“次男が真犯人”という部分は創作かと勘ぐったが、本作の英国での公開に合わせてDaily MailやThe Sunなど大手メディアが次男の真相告白について詳しく報じているので、やはりこれも事実のようだ。ただし映画にある通り、次男の起訴は見送られたため、長らく真相は明かされないままだった。Wikipedia英語版のKempton Bunton(本作の主人公)の項によると、次男が1969年に行った証言の記録は、2012年の情報開示請求で初めて公にされたという。
ケンプトンのキャラクターは、ケン・ローチ監督作で描かれるような弱者のために奮闘する清貧の苦労人をちょっとコミカルにした感じで、憎めないじいさんだ。法廷でのやり取りでは、いかにも英国人らしいユーモアで楽しませてくれる。分割画面などのレトロな表現も粋。いいものを見せてもらった。