世界で一番美しい少年のレビュー・感想・評価
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こんなシーンをよく撮っていたな
#オーディション風景。上半身裸になるよう指示するヴィスコンティと、狼狽えるビョルン。あとからドキュメンタリーにすることをあたかも想定していたような映像が残っていることにまず驚いた。ヴィスコンティにとって負のイメージしかない映像だから。いや当時はハッキリ問題視されていなかったのか。もしくは都合よく切り取ったか。もう巨匠ヴィスコンティが「キモい最悪な老人」にしかみえない。。 幼い頃の母とのプライベートな映像もいくつか映し出された。ビデオカメラが一般的ではない時代によく撮っていたものだ。裕福な家庭だったのかな。
#ビョルンを何処かで見た覚えあると思っていたら日本のCMに出ていたのね。日本語の歌謡曲まで出していたとは知らなかった。(むっちゃいい発音。)ただ、日本も片棒担いでいたような複雑な気分。。。
#うん、確かにオスカルのモデルだわ。
#老人になってもカッコいい。スリムで着こなしも抜群。そしてミステリアス。
#「子供が子供の親にはなれない」 ・・・ 私が抱いた不安と同じだった。
#母親が失踪、そして自殺。子役時代に性的搾取。寝ている横で息子が突然死。。。「息子が私の至らない点を全部背負った。」いたたまれない。
#『ミッド・サマー』のあのシーンの老人だとは。 これまた驚いた。
どうか、ビョルンがあのシーンでこれまでの自分をリセットして、新たに生きていけることを願う。
「厳しい言葉はいらない。穏やかに。」、、、。
“やめてあげて、子供になんてことするの”
ビスコンティによって”世界で一番美しい少年”として見出され、ベニスに死すで世界的に有名になった少年、ビョルン。ベルサイユのばらのオスカルのモデルでもあったと今回初めて知った。
その彼の50年後の姿は最初ちょっと面食らう。よくよく見ると造形は美しいままなのだけれど。
彼の生い立ちに大きく影響を与えた母の自殺や繊細な性格というものはあったにせよ、ちゃんと大人が守るべきだった。
ビョルンの娘が言った言葉が全てだと思う。彼の祖母に言ってあげたい、やめてあげて、自由にしてあげて、子供になんてことするの、と。
ベニスに死すで有名となるだけでなく、同性愛者の世界では美しさのシンボル、ステータスにもなってしまった彼。
そんな事情など知って知らずか、美少年として熱狂する日本人。まだ15歳の少年だというのに。CMだけでなく、日本語の歌で歌手デビューまでしていたらしい。まだ何も知らない少年を自らの利益のために連れ回し、傷つけてしまったかもしれないと感じている日本人がどれだけいるだろう。
日本語の発音の上手さや、50年ほど経った今でも口ずさめること、そして17歳の時のショパンの幻想即興曲の録音などから、音楽的な才能を伺い知れる。
ベニスに死す見なきゃなぁ
現在の彼のプライベートな生活に踏み込んで行く様がリアリティショー的な撮り方にも見えて、これはこれで彼の人生を切り売りしているようにも見えました。
全編を不幸のピースで埋めているけど彼の人生の明暗の濃さには美しさの他にも輝くものがもっとあっても良いんじゃないかな。アクターや子役の人権的なメッセージを届けるためにあえての演出だと思うけど。
10代の多感な時期に庇護者がいない状態で有名になるリスクや、自分の物的価値を取り扱うメンタルやスキルが無い状態で投げ込まれる不幸って個人でどうにもならないなーと。
ベニスに死すから3年他の映画に出られない契約には少年期を価値として個人保有する行為としてみると中々えぐいし…今の世の中でこういった問題や痛みの山に光が当てられて明確な基準ができてきて世の中良くなっていくんでしょうね。
池田理代子先生のインタビュー全部見たかったなぁ、細切れだから全体的に今も日本人は彼の実像を見えていないの象徴みたいになってた。まぁそういった日本の騒ぎ方を見せるのには良い材料だしこの映画の意図ならそうなるよな。
ドキュメンタリーは制作側の意図を感じて見ないと視野が狭くなるから見る時はいつもちょっと怖いな〜と思いながら見てます。
にしても赤子の頃からよくこんなに映像残ってるよ。
栄光に伴ったのは大きすぎる犠牲~ビョルン・アンドレセンの名声とその後
子どもの時、あるいは若いときに分からなくても、後になって分かることというのがある。それはやはり人生や世間といったことが分かってくることもあるし、何十年も後になって「事の真相」が関係者から明かされることもあるからだ。
『ヴェニスに死す』のタッジオについてのことも、それに相当した。私は映画を観ないわけではないしヴィスコンティの名前くらいは知っていたが、その作品に精通しているとか熱狂的なファンであるとかではなかった。しかし、昨年の雑誌記事において、異色作と言われた、少年愛を扱った竹宮惠子さんの『風と木の詩』の主人公の美少年ジルベールのモデルがタッジオを演じたビョルン・ドレドレセンだったと知ったとき、なぜだか急に「腑に落ちた」。あの、白黒のペンの線で表されただけにしては肌の透明感があり、金髪や反抗的な目つきもリアルなキャラクターには、背後にちゃんと人間のモデル、すなわちビョルンがいたのである。なんだか裏切られたような、幻想が醒めるような気分を味わった。
さらには、映画『世界で一番美しい少年』作中にはあの『ベルばら』の作者・池田理代子さんが登場し、オスカルのモデルもビョルンだったという。『ベルばら』の方が『風木』に先行しているが、当時(少女)マンガ界は一種の排他的な世界を形成していたのだと思う。そのなかを吹き荒れた熱狂の「嵐」だったのだろうか。
ビョルン・アンドレセンという美貌ながらわずか15歳の少年が、ヴィスコンティの名画となり、なおかつ間接的に『ベルばら』『風木』といった大人気作を産んだというのは驚くに値する。さらに、映画作中に描かれているように、ビョルンは来日して歌を録音したり、テレビCMに出演したりもしている。もちろん波及効果はそれだけではないに違いない。
しかしこうした栄光、富の力に比して彼自身はあまりに悲惨な体験をし、惨めな人生を送ってきている。それを関係者は十分に理解しているのだろうか? もう「起こってしまったこと」であり、映画も制作され、マンガも描かれ・・・であるが(そして私もこれを書いている)、ビョルンという一個人の多大な犠牲がなければ、これらはあり得なかったことなのである。
映画作中にあるように、ヴィスコンティにオーディションの際「服を脱げ」と言われたときに、ためらったそのこころのままに断っていたならば、『ヴェニスに死す』『ベルサイユのばら』『風と木の詩』すべてなかったかもしれないのである。(それでもほかの方法で名作、人気作、名声、富はもたらされたであろうが・・・)そして、多分そうあるべきだったのだろう。
あるいはビョルン自身も感じたらしいように、彼の母が生存していれば、また彼を庇うなり、疑問を投げかけてくれるなりする人がいて、事態の展開は違ったのかもしれない。
今日の「子どもの権利」的感覚で言えば、ビョルンが体験した一連の出来事は、子どもの意思といったものに対するかけらの敬意も「お伺い」もない。あったのはただ大人の欲望や利権だけである。そのために一人のティーンエイジャーの子どものこころと身体は蹂躙され、引き裂かれたのだ。
この作中に映されているような本人状態-すなわち構わない部屋、火元を管理しないこと、うまく行かない恋人との関係、また過去の、父親としての責任を取れなかったことなどは彼の生い立ちを考えれば何の不思議もない。心理学的に言えば、彼の人生には数々の喪失やトラウマがあるからだ。まず、父親を知らなかったこと、いなかったこと。若くして母親の不在期間があり、また母親を失ったこと。祖母に利用されたこと。ヴィスコンティに利用され、またそのクルーに性的に搾取されたこと、などである。
これだけあれば何十年経ってもうつ、不安、PTSDなどに悩まされるのはある意味当然、と言ってもよい。
通常、たとえば演劇学校などに行ってから映画に出たりするものだと思われるが、ビョルンの場合、逆である。名声は得られたとは言え、俳優に「なりたかった」というよりは運命によって「させられた」と言った方がよい。そのため彼はあとから演劇学校に行ったようだ。
この映画について友人と会話していたとき、今だったら#MeTooで許されないよね、という話が出てきた。こうした過去の栄光や過ちというのはどういう風に処理されればいいのだろうか? 美や芸術のためであれば、多大な犠牲があったり、一個人の尊厳が踏みにじられていいのだろうか? とてもそうは思えないが、「どこまで?」 答えの出ない気持ちで取り残された。
【余りに美しき故の、少年のその後の哀しくも切ないジェットコースター人生を描いたドキュメンタリー作品。】
- ルキノ・ヴィスコンティ監督が、「ベニスに死す」で、主人公の老作曲家が恋する美少年タジオを演じる少年のキャスティングで、ビョルン・アンドレセンを見付けた時の反応。
様々なポーズを取らせ、果ては衣服も脱がせるシーンが強烈である。
診る側はビョルンの15歳とは思えぬ色気、流し目にヤラレルのであるが、彼はこれをきっかけに栄光と苦悩の50年を過ごすことになるのである。
今作は往時の記録映像(日本での映像は、本当に日本人として、恥ずかしい・・。)を交えつつ現在のビョルンと関係者の回顧で描き出したドキュメンタリー作品である。-
◆感想
・芸術家の母親の自死。
- 父親の名を明かさないまま自死する辺りが、ビョルンのその後の人格に与えている気がする。ー
・いきなり大人の好奇心溢れる有象無象が蠢く世界に放り出された少年の戸惑いは想像もつかない。本来であれば、彼を庇護すべきお婆さんも世間同様に舞い上がり、「ベニスに死す」で端役を貰い喜ぶ姿。
- だが、最後半、彼の娘さんがモノローグで語っているように、彼はキチンとした大人から庇護されるべきであったのだ。-
・家庭を持ち、2人の子に恵まれ、これから幸せな人生を・・、と思っていた矢先に起きた悲劇。
- 彼の人生は、激しいジェットコースターのようである。-
・後年、「ミッド・サマー」で見た老人が、パンフを見たら、ビョルン・アンドレセンであると知った時は衝撃だったが、お元気な事を知り、嬉しくも思ったモノである。
<”世界一の美少年””に祭り上げられた少年の波乱万丈の人生を描いた哀しきドキュメンタリー作品。
現在の長身痩躯の彼(年齢を重ねても美しい・・。)が長女と久しぶりに逢い、昔の写真を見て笑い合い、抱き合う姿は、染みたなあ・・。>
知ることが出来て良かったけれど切ない
この方のこと、全く知らなかったので映画館のスケジュールにあるあらすじなどを読んで見てみようと思いました。
とにかく切ない人生の一言ですが、でもせめて時折訪ねてくれる娘さんと、こうして改めて自分の人生を題材に映画を1本作り、このサイトのインタビューを読むとまだ何かしら活動をしていく気力はあるとのこと。息子を亡くした頃、自分がまだまだ精神的に子どもだったことを、しっかり内省し、客観的にあの頃の自分を評価出来るようになっていたことは救われましたが、
孫の美貌を結果的に利用していた祖母だけでなく、
最初に映画に抜擢した監督さんのとりまきの人達?監督さんも??少年の彼を傷つけただけでなく、
今初めて見ると当時の日本の大人達も日本語歌わせてレコードの売り上げだすとか。。。うーん、ピアノが得意で音楽をやりたかったビョルンにとって、多少なりとも音楽系の仕事として少しでも楽しんでもらえてたら良いですが、そもそものきっかけが祖母にオーディションに出されただけが発端だし、とにかく日本って国に行っておいで、稼いでおいで!と言われて来た上での仕事だから。。仕方なくのほうが大きいのかな。。なんだか、当時のことは何も知りませんでしたが、あんなに日本人が熱狂してあなたを振り回して、日本人の一人として申し訳ない気持ちになりました。。
今現在、ひげと長髪で当時を全く思い出すことの出来ない風貌にしているのは、意図的のようにも思えました。
ビョルンさんのお父さん、分かってほしかった。。出自が不明、そしてお母さんも若いときに失踪し亡くなるとか、息子も赤ちゃん時代に亡くなるとか辛すぎる。
せめてこれからは何か少しでもやりたい仕事で充実した残りの人生を過ごしてほしいと思いました。
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