劇場公開日 2022年12月9日

「人間の醜さを深く掘り下げてこそ、その美しさが際立ったのではないだろうか?」ラーゲリより愛を込めて tomatoさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5人間の醜さを深く掘り下げてこそ、その美しさが際立ったのではないだろうか?

2022年12月9日
Androidアプリから投稿

確かに泣ける。
だが、それは、遺書を暗記することによって日本に持ち帰った4人の男たちの熱い思いに胸を打たれたからであって、主人公の生き様に感動したからではない。
主人公が、そこまで仲間から慕われたのは、過酷な状況下でも人間性を失わず、周りの人々に希望を与え続けたからだろう。
とは言うものの、主人公は、上官やロシア兵にあからさまに反抗するだけの無鉄砲な人物にしか見えず、その心の美しさのようなものを実感することはできない。
また、抑留者たちが希望を見い出すシーンとして印象的なのは、皆で野球をするところと、日本との手紙のやり取りが許されるところだが、主人公は、野球をするきっかけは作ったものの、結局、いつものように独房送りにされただけに過ぎない。
皆が、ハンガーストライキをしたり、遺書を暗記したりしてまで主人公を慕う理由が、今一つ腑に落ちないのである。
収容所の過酷さも、劣悪な環境下での重労働ばかりが強調されているが、本当に恐ろしいのは、同じ日本人でありながら、軍隊の階級を笠に着て威張り散らす上官たちや、共産主義教育の名の下に同胞を吊し上げる転向者たちなのではないだろうか?
当たり障りのない娯楽作を目指したためか、そこのところはさらりと触れられているだけだが、人間の持つそうした暗くて重たい側面をしっかりと描いてこそ、主人公の高潔な人間性や希望を失わない精神性が、より明確になったのではないだろうか?
「戦争の酷さ」を描く以上、人間の本性が剥き出しなる戦争の実態を、避けて通ることはできないのではないかと思うのである。

tomato