ナイトメア・アリー : 特集
この“異界”に足を踏み入れたが最後、もう戻れない――
エグいほど完成され、エグいほど心に跡を残す傑作誕生
オスカー監督が贈る甘美な闇深サスペンススリラー大作
完成度が高すぎて、映画館で思わず「うわ……エグい」と嘆息してしまう経験。映画ファンなら人生で何度か、この瞬間に立ちあったことがあるはずだ。
我々が思う「映画」の限界値を軽々と超えて、そこに“世界”を現出させてしまうさまは、まるで魔術――。3月25日に日本公開を迎える「ナイトメア・アリー」は、まさにその称号を与えるにふさわしい傑作。
観る者を易々と陥落させてしまう魔力に満ちた本作は、当然のように本年度の第94回アカデミー賞においても作品賞を含む4部門にノミネートされた。目も、耳も、脳も心も支配する蠱惑的な映像と容赦のない物語の危険すぎるコラボレーションに、心ゆくまで溺れ尽くしてほしい。
「うわ、エグい」ここまで最高だらけで良いんですか…
世界観・テーマ・演技・評価…どこを切っても唯一無二
あの「シェイプ・オブ・ウォーター」の監督:ギレルモ・デル・トロと、スタジオ:サーチライト・ピクチャーズが再び組んだ最新作「ナイトメア・アリー」。
観る者を異界に連れて行ってくれるのは決定事項だが、出来上がった本編は我々の想像も予想も軽く凌駕していた……。
観賞中は圧倒され、観賞後も心に取りついて離れない“エグすぎ”な本作、その魅力を「世界観(ビジュアル)」「テーマ(物語)」「演技(キャスト)」「絶賛(賞レース)」の4つのポイントで解説する!
【第1章:エグい世界観】実現に4年! 不気味で美しい映像に陶酔…見世物小屋の巨大セットを丸ごと建造
「シェイプ・オブ・ウォーター」や「パンズ・ラビリンス」「クリムゾン・ピーク」……幻想的かつ悪夢要素も絡めたダークファンタジーを次々と生み出してきたギレルモ・デル・トロ監督。
不気味さと美しさが同居する世界観を持ち味とする彼が、実現までに4年もの歳月を費やした肝いりの企画がこの「ナイトメア・アリー」だ。冒頭、主人公の家が炎に包まれるシーンから、この“動く絵画”的な芸術世界に完全に心を持っていかれる。
白眉と言えるのは、魔訶不思議な見世物小屋のセット。そこに広がるのは、極彩色で彩られ、気分を高揚させてくれると共に、まがまがしくもある異世界――。移動式遊園地を丸ごと作ってしまったというから、そのスケールの大きさと気合の入りように圧倒される。
そのほか、1930~40年代のアメリカの都市部を空気感に至るまで完全に再現。怪しげな雰囲気漂うカーニバルから、エレガントな上流階級の暮らしまで……。アカデミー賞受賞メンバーが作り出した一部の隙もない世界観には、ただただ敬服するばかりだ。
まさにエグいほど濃密な視覚情報をすべて受け取るには、劇場の大スクリーンがふさわしい!
【第2章:エグいテーマ】人間こそが怪物なのか…? “心の闇”にどっぷり踏み込む、トラウマ級のサスペンススリラーに戦慄!
映像だけがカッコよくても、観る者の心には刺さらない。世界観と物語が互いを食い合うように全力でしのぎを削っているからこそ、我々にとって特別な観賞体験となるのだ。
「ナイトメア・アリー」はストーリー展開の面白さはもちろん、エグ味たっぷりのテーマや強烈な後味など、観た後も心にのしかかり、それでいて周囲に「すごいものを観てしまった……」と喧伝したくなるから恐ろしい。
本作は、ある秘密を抱えた男が怪しげなカーニバルの一座と巡り合い、ショービジネスの才能を開花させていく物語。読心術のテクニックを身に着けた男は一座から独立し、瞬く間にトップの興行師と上り詰めるのだが……。
栄光と破滅、裏切りに駆け引き、そして因果応報――。人間なのか獣なのか正体不明な存在の“獣人”をテーマに据え、人間の内に潜む怪物性に踏み込んだ本作は、闇深くもありながら極めて上質な名作といえる。
これまでモンスターに対する愛を描いてきたデル・トロ監督が、「本当におぞましいのは(真の意味でモンスターなのは)人間なのでは……?」を描く重み。映画好きにとって見逃せない一作であることは、間違いない。
【第3章:エグい演技】主役級キャストしかいない! 「アメスナ」「キャロル」「ヘレディタリー」…夢の競演に垂涎必至
これだけの映像と物語が揃ったら、その中で“生きる”役者たちには表現力という言葉では言い表せないほどの強力な魂の鼓動――強いオーラを放つ必要性が生じる。並みの役者では、この世界にからめ取られて潰されてしまうに違いない。
そこで集められたのは、画面からはみ出しそうな生命の輝きで、登場人物たちを具現化できるトップスターたち。
野心に取りつかれていく主人公スタンを体現したのは、「アメリカン・スナイパー」や「アリー スター誕生」のブラッドリー・クーパー。天与のカリスマ性を発揮しながらも、どこか軽薄で危うさが漂う人間臭いキャラクターを、見事に演じきっている。
彼を取り巻くのは、いずれも主役級の面々。「キャロル」で運命のふたりに扮したケイト・ブランシェットとルーニー・マーラが、今回はスタンと共謀する博士と、彼に恋したばかりに騒動に巻き込まれていくカーニバルの一員を演じる。刺すようなブランシェットの凍てつく存在感。そして幽玄な雰囲気を醸し出し、画面の芸術性を担保するマーラの競演にも注目だ。
さらに、「ヘレディタリー 継承」で世界にトラウマを植え付けたトニ・コレットがクセの強い演技を見せつければ(タロットカードでスタンの将来を占うシーンが不吉すぎる)、「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」でファンを歓喜させたウィレム・デフォーが、カーニバルの団長をヤバさ満タンで魅せる。
そのほか、「シェイプ・オブ・ウォーター」のリチャード・ジェンキンスに「ヘルボーイ」ロン・パールマンら、デル・トロ組のメンバーも集結。息もつかせぬ演技対決は、ここでしか拝めない!
【第4章:エグい絶賛】アカデミー賞作品賞ほか4部門に堂々ノミネート! 世界が「待っていた」唯一無二の物語
日本時間3月28日に迫ったアカデミー賞授賞式。本作は作品賞、美術賞、撮影賞、衣装デザイン賞の4部門にノミネートを果たし、強さを見せつけている。さらに英国アカデミー賞でも撮影賞・衣装デザイン賞・美術賞に候補入りし、全米美術監督組合賞にもノミネート。
デル・トロ監督においては、アカデミー賞作品賞・監督賞・作曲賞・美術賞に輝いた「シェイプ・オブ・ウォーター」に続く監督作として、業界内外からかけられた期待と重圧は筆舌し尽くしがたいレベルだったことだろう。それらを跳ねのけ、しっかりとオスカーに絡んでくるあたり、さすがとしか言いようがない。
そして――この映画に評価を下すのは、我々映画ファンひとりひとりの責務でもある。映画という娯楽であり、芸術の底力を感じさせる「ナイトメア・アリー」と対峙したあなたの胸にこみあげるのは、感服か、畏怖か、それとも――。
心して、映画館に足を運んでほしい。