「Oasis live forever, definitely maybe.」オアシス ネブワース1996 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
Oasis live forever, definitely maybe.
1996年、伝説のロックバンド「オアシス」がハートフォードシャー州ネブワースで行った歴史的な野外コンサートの熱狂を、当時の映像やバンドメンバー&参加したファンたちのインタビューを元に紐解いてゆくドキュメンタリー映画。
ーーーーーーーーーーーーーーー
2018年9月20日。
Zepp Osaka BaySide。
時間は19時に向かい刻々と歩みを進める。
…あと5分。4分。3分…。
あの男は本当に姿を表すのか?
1996年8月、2日間で25万人の観客を動員、250万人(これは当時のイギリスの人口の4%にあたる)が予約に応募したという、あの「ネブワース」の中心にいた男が。
開始まであと2分。1分…。
あと60秒で始まるというのに、未だにあの男がこの世の中に存在しているとは思えない。
ミッキー・マウスやウルトラマンが実在しないのと同じように、あの男もまたメディアが作り出した幻想なのではないのか?
そんなバカな考えが頭をよぎる。
集まった観客の間に、確かな緊張感が漂う。まるで無駄なエネルギーを放出しないように気を遣っているかのように、誰もが口を噤みながらその時を待っている。神聖で静謐な空間。冷たく澄んだ空気が体を覆う。こんなライヴハウスは初めてだ。
会場のキャパシティは2800人。ほとんど満員だったと思うのだが、それでもネブワース12万5,000人の大衆とは比べ物にならない。
こんな小さな会場で、果たしてあの男はモチベーションを保てるのか?
数々の不祥事を起こしてきた男が、全力でライヴパフォーマンスに打ち込んでくれるのか?
幸運にも自分の位置は前から5〜6列目。ライヴが始まり人が密集すれば、かなりステージに近い位置まで移動できるだろう。
期待と不安と緊張に身体が強張る。
暗転した会場。呼び込みの音楽。ステージを照らすスポットライト。
1人のパーカー姿の男が、舞台袖からステージの中央へと歩んでゆく。
髪を短く整えた、峻険なオーラを纏う英国人。
リアム・ギャラガーだ。
あのリアム・ギャラガーが目の前にいる。
一言か二言、集まった観客に向かい言葉を発した後、リアム・ギャラガーの口からあの曲名が飛び出した。
"Rock 'n' Roll Star"
目の前にいるのは紛れもないロックンロール・スターだ。
凡百のアーティストとは、まるで次元が違う存在が目の前にいる。
この男は70億人以上いるという地球人の中で、おそらくは現在最も上手く、ロックンロールを、ロックンロールとして歌い上げることが出来る男だ。
世界の頂点というのはこういうことなのだ。ただ存在しているだけで全てを飲み込む人間のことを言うのだ。
「Morning Glory」
「Some Might Say」
「Champagne Supernova」
「Whatever」
「Wonderwall」
そして、「Live Forever」
ネブワースでも演奏された、あのオアシスの名曲が散弾銃のように叩き込まれる。
ステージ上のリアム・ギャラガーは、広く知られているような傲慢で、不遜で、不安定な男ではなかった。
まるで岩のような静穏さと全てを巻き込むハリケーンのような荒々しさを兼ね備えている。
「ロックンロールに別名を与えるとすれば、チャック・ベリーだ」とジョン・レノンは言った。
チャック・ベリーもジョン・レノンも居ない今、ロックンロールに別名を与えるのならば、それはリアム・ギャラガーだ。
このギグを観て自分はそう確信した。
ライヴが終わると、世界は再び現実へと戻った。
帰路に着きながらぼんやりと考える。
自分の中の何かが変わったのだろうか?それとも以前のままなのだろうか?
未だ衝撃から醒めやらぬ頭を抱え、ゆっくりとホールを歩く。
そのスピードはキャノンボールよりも速かった、と思う。
ーーーーーーーーーーーーーーー
稀代のボーカリスト、リアム・ギャラガー。
彼の傲慢さは己の身の破滅を招いた。
オアシス解散後、ノエル・ギャラガー不在のバンド「ビーディ・アイ」を結成するも、その評価は芳しくなかった。長年にわたる不摂生は、彼の歌声からその輝きを奪い去ってしまっていた。
2012年、ロンドン・オリンピック閉会式でのリアムの歌声を聴き、そのあまりの衰えに胸が締め付けられる思いだった(オアシスのサポートメンバーだったザック・スターキーが加入している「ザ・フー」のプレイがあまりにも素晴らしすぎた為、余計にリアムの衰えが際立ってしまっていたように思う)。
2000年代後半から、彼のキャリアはどん底だった。
2014年のビーディ・アイ解散から、しばらく表舞台から姿を消していたリアム・ギャラガーだったが、再起を賭けて発表したソロ・シングル「Wall of Glass」はオーディエンスの度肝を抜いた。
確かに彼の歌声からは若い頃のような伸びやかさは失われてしまっている。
しかし、酸いも甘いも噛み分けた彼には、これまでとは全く違う武器が備わっていた。
深みが増した、とか情感が溢れている、とか言葉にすると軽くなってしまうのだが、とにかく歌声に圧倒的な重みが加わっている。
全盛期のリアムの歌声が、薄く鋭い日本刀だとすれば、カムバック後のリアムの歌声は大木を叩き斬る斧だ。
彼は早朝に起床する、タバコや酒を控える、といった生活環境の改善を志し、ランニングで体力を作ったという。数々のトラブルを引き起こしてきた夜遊びも一切辞めたという。
おそらくはカムバックの為に、人並外れた努力を行ったのだろう。もちろん面にはそんな素振りは一切見せないが。
とにかく、彼の努力は身を結んだ。彼の歌声は新たな生命を宿し、ソロアルバム「As You Were」の成功をもって、かつての栄光を取り戻した。
長々とした前置きでしたが、何がいいたいのかというと、リアム・ギャラガーは今が最強なんじゃい💢ということ。
「As You Were」も、セカンドアルバム「Why Me? Why Not.」も紛れもない名盤。
栄光と挫折を乗り越え、克己心を手に入れた今のリアム・ギャラガーは、間違いなく最盛期を迎えている。
それなのにこの映画は90年代は良かった〜、という懐古主義的なスタンスを取りおってからに…。
まぁたしかに90年代のイギリスは「クール・ブリタニア」とかいうブームが席巻していたと聞くし、リアム本人も90年代は最高だったとインタビューで答えているし、この映画の言わんとすることもわかるんだけどさ。
鑑賞中、「live forever」が流れた場面でしっかりと泣きました😭
とはいえこれはオアシスの楽曲が素晴らしいのであって、この映画が素晴らしかったから泣いた、というわけではない。
ファンのインタビューとか別に要らんから(熱狂していた、というのは映像から伝わってくるので、こんなに沢山ファンのインタビューが必要だとは思えなかった)、単純にネブワースのライヴ映像を延々と観ていたかった。
インタビューは、もっと当時のスタッフの意見が有れば良かったかな。
開催に至るまでの流れとか、開催に当たっての問題点とか、10万人以上の観客に演奏を届ける為にした工夫とか、そういう裏話をもっと聞きたかった。
貴重な当時の映像を観ることが出来るし、全盛期のオアシスのプレイをしっかりと堪能することが出来るので、オアシスファンなら必見!
コロナがおさまったらライヴに行こーっと♪
※リアム・ギャラガーのことばかり書いたけど、ノエルのことも好きです。2019年の来日コンサートも観に行ったし。「ホーリー・マウンテン」好きだし。
しかし、2019年のノエルと2018年のリアムを比較すると、断然リアムのライヴの方が面白かった。
ノエルはホールでの開催だったのに対し、リアムはライヴハウスでの開催だったので、臨場感がまるで違った。まぁこれはリアムのチケットは中々売れないだろうと判断されてのことだったのかも知れんが、キャパが小さい分マジで最高だった。
オアシス再結成してくれー、とか言っているファンも多いが、正直個人的にはどっちでも良い。少なくとも今のリアムはマジで最高だから。
オアシスばっかり聞いて今のリアムを聴いていない懐古ファンはファッキン損してる。
ドント・ルック・バック・イン・オアシスですわ。
ゆ〜きちさん、コメントありがとうございます♪
オアシスまさかの再結成🎉
どっちでも良いとか言っておきながら、やっぱりこのリユニオンは嬉しいです♪
来日公演とかしてほしいですけど、チケット取れないだろうなぁ…。