スープとイデオロギーのレビュー・感想・評価
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東アジアの歴史に引き裂かれた家族の記録
監督自身の個人史であり、同時に日本と朝鮮半島の近現代史でもあり、その2つが大きなうねりの中で交錯していく驚くべき傑作だ。
「済州4・3事件」の虐殺を生き延び日本に渡ったた監督の母は、それゆえに韓国政府を許せずに北朝鮮を支持することに。北への忠誠を息子たちを北朝鮮へ送ることで示してきた母を、娘の監督は快く思えなかった。年老いてアルツハイマーを患いだす母を介護することになった監督は、胸中穏やかではない。母はかつてのつらい記憶「済州4・3事件」を突然思い出し始める。済州を訪れた監督と母。監督はそこでこの島のあまりにも壮絶な悲劇を知り、引き裂かれていく。
日本、韓国、北朝鮮の複雑な現代史の理不尽がまるごとこの家族になだれ込んできている。国家と個人の関係について、これほど深く切り込んだ作品はそうそうないだろう。人を動員するイデオロギーというものに対置されるのは、家族の絆を象徴するスープ。対立するイデオロギーが吹き荒れる東アジアの歴史の暴風にも負けずに残ったこのレシピはなににも代えがたい宝物だ。今年最高の1本。
オモニのはなし そして家族のはなし
劇場公開を見逃していた作品、今回ようやく配信にて鑑賞できた。
このドキュメンタリーに登場する人物は朝鮮籍のオモニ、韓国籍の娘、そして日本人の婿である。みなが別々の国籍であり信じるイデオロギーも異なる。それでも彼らは家族でいられる。彼らは異なる者同士お互いの事情を理解し尊重しあっている。
彼らのようにたとえ主義主張や人種が違えどその違いを受け入れ互いが尊重し合う社会になれば争いもなくなり平和が訪れるだろうに。でも世界はなかなかそうはならない。
本作はヤン監督の家族三部作最終章。オモニだけは撮らないと断言していた監督。アボジは頑固ながらも撮影していると油断してポロっと本音を漏らす人だったので撮影し甲斐があったという。それに対してオモニは絶対に本音を漏らさないのだという。ある意味手ごわい相手でありオモニを撮るつもりは毛頭なかったという。それがアボジの死をきっかけにしてたがが緩んだのだろうか。世話する相手もいなくなり急激に衰えたせいもあってか本音を漏らすようになったという。
始まりはアボジの前にフィアンセがいたという話だった。だがそれは聞けば朝鮮半島の隠された悲劇につながる物語だった。
済州島四・三事件。それは近代朝鮮の黒歴史。罪もない人々が虐殺された悲しい事件だった。
当時の韓国での単独総選挙に反対した共産主義者たちによる武装蜂起に対して李承晩政権は武力で鎮圧を図った。その際無関係な村人たちが無差別に虐殺されてしまったのだ。そしてそこには大阪から疎開していた十代のオモニがいた。
彼女の婚約者は武装蜂起した仲間を助けるために立てこもる山に行き帰らぬ人となる。オモニも弟と妹を連れて命からがら島から脱出した。道行く道には虐殺された村人たちの遺体が折り重なるように積まれていたという。
そんな壮絶な体験をしていたオモニ。娘であるヤン監督もなぜオモニがいままで韓国やアメリカを嫌い北朝鮮に傾倒したのかがようやく理解できたのだった。
これほどまでの仕打ちをされて祖国韓国を信じることなどできるはずもない。まだ見ぬ北朝鮮を祖国として希望を見出そうとしたオモニの気持ちを娘は痛いほど理解できた。
ただ、この過去の告白をしたオモニはそれをきっかけにして急速に認知症が進んでしまう。現地済州島で当時の記憶を聞き出そうにも全く要領を得ない。それはまるで過去のあまりにつらい記憶を心の奥底に沈めて自分の心が壊れるのを防ごうとしているようにも思えた。忘却はオモニの必死の自己防衛だったのかもしれない。
日本で生まれ育ち、差別と貧困に苦しめられ戦争に巻き込まれて故郷に疎開したがそこでも壮絶な体験をして命からがら日本に戻っても再び差別に苦しめられてきたオモニのあまりにも苦難に満ちた人生。とても気さくで朗らかなその笑顔からは到底推し量ることのできない人生を生きていたことを目の当たりにさせられて衝撃を受けた。
こんなつらい体験をしても人は笑顔でいられるものなのか。けして娘にも本音を漏らすことのなかったオモニ。そのオモニの屈託のない笑顔は今までのつらい体験を記憶の奥底にしまい込んでいたからこそできたものなのかもしれない。
認知症が進んだオモニは家の中で亡きアボジや長男、弟の名を呼ぶ。オモニは自分が両親やアボジ、そして北に送った息子たちや弟、そして娘のヤン監督と同じ家の中で暮らしている妄想の中にいた。それはオモニの人生では一度もありえなかった暮らしだった。それがたとえ認知症による妄想であろうともオモニは幸せだったはずだ。娘たちは母の妄想を否定しなかった。
娘のヤン監督たちは壁に掛けられた金親子の肖像画を壁から外す。映画では描かれていないが娘はオモニに聞いた、あの肖像画を外してもいいかと。オモニは構わないという。娘と婿は顔を見合わせてもう一度尋ねた、あの長年壁にかけられていた肖像画を本当に外してもいいのかと。けろっとした顔でオモニは軽くうなずく。娘はオモニを試した、じゃあ横にかけてある孫の写真も外していいかと。オモニはそれはかけときなさいと言った。
ヤン監督がこの場面をカットしたのは母への配慮だった。「ディアピョンヤン」でアボジが帰国事業への後悔をぽろっとこぼすシーンを入れたがために監督は総連から責められ北朝鮮への入国ができなくなった。それに加えて母の元には嫌がらせの電話もあったという。だからこの肖像画を母が外していいというシーンはカットしたのだという。
ただこの肖像画を外すシーンを見てこの時やっとオモニは自分を縛り付けてきたイデオロギーから解放されたのだと思った。肖像画がなくなった壁はまるで長年背負ってきた重荷を下ろしたかのようにすっきりしていた。そしてオモニの参鶏湯スープのレシピは婿に受け継がれていく。
認知症で親が自分たち息子のことも分からなくなるのは悲しいことだと思っていた。でも本人にしてみればそう悲しいことではないのかもしれない。つらいことや煩わしいことから解放されて心配事もなくなる。今まで苦労してきた人生の最後にすべてを忘れて楽になれる時間をもらえるのだと、そして思い出の中の家族と共に暮らせる時間を与えられるのだと思えばそれは必ずしも悲しいことではないと、このオモニの姿を見て思った。
オモニの忘却は自己防衛だった。しかし為政者たちには忘却は許されない。当時の済州島での虐殺はけして忘れ去られてはならないものだ。国は過去の過ちを認めて虐殺の事実を後世に伝えるためにその場所を保存し、慰霊碑も立てた。
歴史修正主義がはびこり過去の歴史を否定し慰霊碑撤去に動く国もある中でこの自国の負の歴史を認める態度は潔いものだ。
在日コリアンの人々の壮絶な過去。地元大阪生野区のコリアンタウンはいまや韓流ブームで若者たちで常にごった返しているが、そこに昔から住むオモニたちの悲しい過去を知るものは少ない。
祖国に裏切られ続けたから
葬式に備えるのはそんなに異常なことではないよ
52歳で独身を匂わせるヨンヒ、ちょっと親近感わいたけどすぐにかおるさん登場。なんか情けなげな感じだけどいい人そうじゃん、良かったねヨンヒ。と思ったけど、葬儀場のデモ葬式のチラシに激怒、「お前さぁ」みたいなカスハラ丸出し口調にまあ引くよね。かおるさん終活って言葉ご存知ないのかしら?知らなくてもいいけど老親が死ぬことを想像できない?しようとしない?のって幼稚な感じしちゃいますよね。これでかなり心離れました。前作はアボジがとにかく魅力的で、朝鮮総連の幹部なんて悪魔のような顔をしてるんだろうと思ったけど、あにはからんやランニングにステテコで近所ウロウロしちゃう変な自作体操をする普通のおじさんでした。このギャップだけでも良いもん見た〜って感じがあったけど今回オモニはちょっとキャラが弱かったね。4.3事件はまったく知りませんで、勉強になりました。韓国政府が信じられず、北の帰国事業に賛同するようになってしまうほど悲惨っていうのが衝撃でした。
朝鮮人参と青森県産のにんにく
オモニ(ヤン ヨンヒ監督の母親)のおもてなしはいつでも参鶏湯風の料理。
別にとりたてて手の込んだ料理ではない。でもオモニ特有の魂がすりこまれている。
鳥の中に詰め込むのは、いつでも朝鮮人参と青森県産のにんにく。
滲み出たスープは絶品。
オモニとアボジ(ヤン ヨンヒ)とアボジの夫の三人の食卓。
分断された二つの朝鮮と大阪の三つの国にそれぞれの思いを抱くオモニとアボジ。
そして、その思いに共鳴している夫。
済州島事件の忌まわしい体験を語るオモニ。
三人の食卓に、朝鮮半島の歴史が静かに脈打っている。
歴史の生き証人の母娘に寄り添う、13歳年下のアボジの夫の献身ぶりが印象的だ。
朝鮮の民族服を着てアボジと写真に納まる。
彼は語り継いでいくであろう。
南北の政治事情に翻弄され、北に住むアボジの兄弟、そして認知症で記憶が定かではなくなったオモニの壮絶な過去を。
何気ない食卓の中で、夫の不思議な安定感が、オモニとアボジの歴史にそっと寄り添う。
壮絶な母(オモニ)の半生を追体験する娘
本作は、監督の私小説風ドキュメンタリー映画だ。
在日朝鮮二世のヤン・ヨンヒが、監督・脚本・カメラを務め、大阪に住む実母を追い続けた。
「スープ」
監督の母(本作の主役)が、監督の婚約者に振る舞うために連日作るスープ。
鶏を1羽まるごと買って、中にニンニク、ナツメ、朝鮮人参を詰め込む。仕込みと煮込みに軽く半日はかかっている。
ついには、婚約者の男性(香織さん)も、自力で作れるようになるのが可笑しかった。
「イデオロギー」
既に亡くなっている監督の父、そして母の二人共が熱烈な北朝鮮シンパであり、朝鮮総連を通じた帰国事業で監督以外の子供たちは北朝鮮にいる。
亡父の遺骨も平壌にある。
なぜ、そこまで北朝鮮びいきなのか、娘である監督にもナゾだった。
なぜなら、大阪で生まれた母は日本の敗戦直前、北朝鮮ではなく、済州島に疎開して3年間住んでいたからだ。
済州島は韓国に属している。
そのナゾは、後半に明かされる。
本作の撮影中に刻々と進行してしまう母の認知症。
そんな中、母は娘(監督)を伴って約70年ぶりに済州島を訪れる。
母が乗る車椅子を押しながら、娘は母の若かりし時のあしあとを辿る。
淡々と抑制的だからこそ、胸に迫るものがある。
母(オモニ)は、韓国でも、正装の際には必ず左胸に北朝鮮のバッジをつけているのが印象的だった。
家族のルーツを探り、辿り着いた歴史
あまりにも重い
太平洋戦争後朝鮮戦争前の米軍統治下の済州島での、赤狩り的な理由で行われた民間人虐殺事件が、監督のオモニ(母親)の記憶から紐解かれるドキュメント。
その経験から南朝鮮政府を信じることなく、逆に三人もの息子達を帰国事業で北朝鮮に送ったという、オモニの後悔…
底抜けに明るい普段のオモニと、まるで思い出すことを拒否するかのように認知症が進行する様子。
監督自身の、おそらく韓国政府、日本政府、北朝鮮のすべてから裏切られ、差別され、拒否されたためであろう「私はアナーキストだから」という言葉と、日本人配偶者により救われたのだろうなという日常。
あまりにも重いが、その『事実』と向き合う様子が赤裸々に描かれその中になにかいつか救いはあるのか、と祈りのような気持ちにもなる。
韓国政府は後ればせながらこの事実を認め謝罪し、忘れぬようにそれを記録している。記録を廃棄し、過去を否定する連中ばかりのどこかの国とは大違いだな。
事実を認め反省することからしか未来は始まらないのに…
素のドキュメント
高齢化問題、平和民主主義問題を問う作品です。
本当に観て良かった。
強烈過ぎた。
済州島四・三事件をきっかけに、日本と韓国のみならず北朝鮮までもを巡るお母さんが経験した過去の記憶。
その凄惨な歴史を紐解くことで立ち上がる事実は、気丈でいられないほどの衝撃で、しゃくり上げるほど泣いた。
家族のくになど見ていたので、感慨深かった。未整理なまま材料を投げ...
家族のくになど見ていたので、感慨深かった。未整理なまま材料を投げ出す彼女のスタイルは嫌いではない。兄を奪われたと恨んでいた彼女が43にショックを受けたいきさつは、いいシーンだった。
自分の家族を投げ出して表現するスタイルは河瀬とかにもあるものだけど、在日の人たちの本当に入り組んだ歴史がまさに家族を描くことで出てくるあたり、しかもアボジが死んだから話せなかった婚約者のことが話せたのかなど、時間の意味を感じた。
本当にアルツハイマーが進行していたのか、その時以来、オモニが否認と忘却に入っていったのか、オモニが認知症であることは興味深かった。
少しずつ解れていく解していくことの大切さ
スープとイデオロギー、
その間を行ったり来たら、おそらく人生のほとんどをそうされてきた(余儀なくされてきた)ヤンヨンヒ監督。
スープとイデオロギーの間にでんと座って、シーソーの真ん中みたいにバランスを保つカオルさん。
解き明かしの物語であり、出会いと別れと出会いの物語であり。
かぞくのくにをみてもやもやとしていた、わからなかったこともすこし繋がった。
解き明かし、とかそんな生ぬるいことではない済州島の四三事件の真相を解明し、調査し、死者を悼みこれからの民主主義に生かすこと。
オモニのような、韓国籍でない人も式典に参加できる、済州島に行ける、あのように立派なメモリアルを造成したこと、韓国はビーブルズパワーがあり、このようなことが可能なのだなと改めて思う。そう簡単なことではないが、クリーンなわけでもないことは承知の上でそれでもその時その時の民意はある程度反映され闇に葬られタブーとされていたことが取り上げられることには羨ましさと、この国のピープル不在を思い知る。
オモニが胸につけていた赤いバッジは、済州島の椿のバッジ。死者を、暴虐を忘れない。
ヤンヨンヒ監督とカオルさんのトークを上映後に拝聴した。監督は本作品をつくりなお溢れ出る止まらないトーク、言いたいこと、思いが底なしに出てくるようであり次の作品が楽しみであり、お二人の温かいそして強い思いは、パンフレットと、プレゼントとしていただいた椿のバッジと共に受け取った。もっと勉強しなければ。使者と共にある、死者のおかげで今を生きる私たちであることを。
イデオロギーと言うよりはアイデンティティと言ったほうがスッキリする。
ヤン・ヨンヒ監督の『かぞくのくに』(2012)を未見のままの鑑賞となりましたが、『ディア・ピョンヤン』(2006)でもかなり彼女の家族については語られていたので、多分問題はない・・・と思う。
朝鮮総連の活動家だったアボジが亡くなり、今度はオモニから固く禁じられていた日本人との結婚を告げるヤン・ヨンヒ。前半では「スープ」作りの映像が中心となり、トリの中に青森ニンニクを40個入れて5時間煮込む作業。民族が違っても家族は家族!スープレシピの直伝によって荒井さんも家族になったんだと感じるほのぼのした展開。
中盤以降はオモニが語る「済州島4・3事件」の体験。夫を亡くしたことにより記憶が蘇ったかのように、彼女は堰を切ったように語り始める。先祖が北朝鮮出身の在日だが、大阪大空襲を経験して済州島に疎開した家族。オモニは1948年のその事件のとき18歳。医者の婚約者もいたが、家族とともに軍の虐殺に遭ったのだった。オモニのオモニの計らいにより密輸船で辛うじて日本に逃げたオモニ。大阪で知り合った現夫と知り合い結婚するが、その事件をきっかけに南朝鮮を憎むようになった・・・等々。
1万数千人の大虐殺(未だ行方不明の者も多い)。清らかな川は血で染まり、生きたここちがしなかった住民たち。何しろ動いている者は撃てという命令があったとか。韓国の暗黒史は多分軍事政権によって隠蔽され、伝えられることもなかったのだろう。そして、どの国においても歴史修正主義者が跋扈するという現実。研究者たちが生存者を訪ね歩いて記録を作るしか道はないのだ。
オモニの家にはキムウィルソンやジョンウンの写真が飾られていたのも印象的だったけど、やがて新しい家族写真がそれに取って代わる。イデオロギーの対立はさほど感じられなかったけど、監督自身の「アナーキスト」感や、北朝鮮には入国できない現実と日本に馴染んでいく姿が民族を超えたアイデンティティを感じさせるのです。国籍なんて問題視しない。住み着いたところが故郷なのだから。
済州4・3事件
名古屋の伏見ミリオン座で開催された、
第24回 ダイノジ大谷ノブ彦 映画会
に、行ってきました。
毎月、開催されてる映画会ですが、7月度は、
『スープとイデオロギー』という、ドキュメンタリー映画でした。
自身を、どの国の政府も信じないアナーキストだと言う、
在日朝鮮人の女監督、ヤン・ヨンヒさんによる作品。
済州4・3事件という、軍事政権だった頃の韓国政府による、島民虐殺事件の話です。
簡単に説明すると、中国の天安門事件に近いと思います。
韓国では現在も、扱う事をタブー視されてる事件だそうです。
僕の好みだったらスルーしてた映画だと思います。
音楽でも、そうだけど、自分の趣味嗜好だけだと、どうしても片寄ってしまうので、
ジャンルに縛られず、なるべく色んな作品に触れた方がいいですよね。
勉強になったし、まあ面白かったけど、
映画としてだと弱いかな…
テレビ向けだと思うので、テレビでも流しては?
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