「先行する他の作品の関係で、済州4・3事件の説明が少なめ。」スープとイデオロギー yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)
先行する他の作品の関係で、済州4・3事件の説明が少なめ。
今年163本目(合計439本目/今月(2022年6月度)10本目)。
この作品、タイトルだけではわかりませんが、「済州4・3事件」(1948年)を描くものです。韓国の民主化まで韓国では順天・麗水事件などとともに隠蔽された歴史があるため、少しずつ解明されるようになったのは、30年ほど前からの1990年~になります(韓国の場合、大統領の意向によるところも大きい)。
映画としてみたとき、結局この映画は「監督の方の家族(オモニ=母親)との交流、葛藤」を描くのか、あるいは「済州4・3事件」そのものを描くのか…という部分がぶれているように思えます。前者の「家族との交流・葛藤」をメインにしたため、済州4・3事件自体の説明は少なめで(パンフ800円にはあるが、それだとパンフ抱き合わせ商法になってしまう…)、もっともシネマートやナナゲイ(シアターセブン)のような「コアな」ミニシアター(シネマートは特に韓国映画を多く扱う)に来る方は、それこそこの映画は「少なくとも最低限の知識はあるだろう」ということを前提にしているような気がします。
よって、このことについての知識が少ないと思われる「他地方」(ここでは、コリアタウンなどが発達していない、東京・大阪以外、という意味での「地方」)では本当にわかりにくい状況になっています。
映画内では触れられていませんが、済州4・3事件の後、済州島民が大阪市にやってきたのは、
・ (映画内でもちらっと出ますが)大阪空襲をへた大阪では、労働人口が不足していた
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※ 話はずれますが、何かと反対派のやり玉にあがる「パチンコ」のいわゆる「三店方式」も、戦後の大阪において、出兵に伴って男性が圧倒的に「いなかった」こと、さらに大阪空襲を経ていたことなど、「職業を探すこと自体が無理」という特異な状態において「障がい者(当時は身体障害者のみ)・寡婦」を対象にして始まったという、いわば福祉政策という観点における経緯がひとつあります(もう一つは、反社会勢力の徹底的排除)。
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・ 先行していたコリアタウンがあったため、受け入れの用意があった
・ 理由が何であれ、大量虐殺が疑われる事案で命からがらで逃げてきた船を適当に放置することは人道的に無理(日本は敗戦国であることにも注意)
★ (そもそも、大阪市の意向うんぬん以前に)GHQの意向も無視はできない(1948年時点ではGHQはまだいます。よって、日本国憲法だの地方自治法だのというのは、一応はあっても、GHQがやれと言われれば「はいそうですね」で、絵に描いた餅でしかありません)
…で、この受け入れが大阪市の鶴橋の形成過程につながっていくのですが、こうした部分の説明は「まるで」ないので、前述したように「監督とその家族(オモニ)との葛藤を描く映画」というように「しか」見られないんじゃないか…と思います。特にこの映画は舞台こそ明示はされない(東京と大阪を行き来している)ものの、性質上大阪市が舞台ともいえるので(受け入れ側の論点)、その受け入れの象徴として発展した鶴橋の説明もなければ、本当に「何を述べたいのか…」のはあります(鶴橋のコリアタウンをひたすら宣伝する映画、と解するのも変だし、そんな映画も作らないと思うのですが、鶴橋の「つ」の字も大半出ない(出ても1文くらい)という状況です)
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(鶴橋と済州4・3事件の関係)
・ 鶴橋で「甘鯛チヂミ」が多く売られている理由 → 済州島の名産品が甘鯛であることから
・ 同じく、「大根」「そば(粉)」が多く売られている理由 → 韓国全土を見たとき、済州島が生産量の大半を占めることから(いわゆる韓流ブームで「そばクレープ」などと言い換えられていますが、結局はここに帰着できます)
・ (ヤンニョムチキンを除いて)「豚肉」が多く置かれている理由 → 済州島では「肉」といえば断りがない限り「豚肉」を指す
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こういったことの説明が大半ない…といっても、上述通り、「コリアタウンの紹介映画」ではないのも理解はしますが、済州4・3事件を扱う上で鶴橋の形成過程は外せない論点で、この関連性の説明もなければ、まして、そもそも「済州4・3事件はいかにしておきたのか」という説明も大半ないので(要教科書復習レベル、というほど本当に説明はない)、正直この映画を大半理解しようと思うと、公開前からアンテナを張ってこの理解に知識をそそいでいた方(私はこの類型)か、大学で現代朝鮮史を専攻しています(しました)という方以外だと、それこそ「(今日は日曜日で鶴橋の各お店も活発なのに)休んで見に来ました」という当事者の方程度しかちょっと想定がしづらく、うーんどうなんだろう…という状況です。
ただ、人を不快にさせるような表現(ここでは便宜上、日韓の歴史認識の対立に関してあろうがなかろうがよいことを描くなども含む)はないので、そこは安心です。
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(減点0.3) 結局上記のことに尽きる部分があり、「スープとイデオロギー」だけでは何をさすか(タイトルだけで趣旨を)わかりにくく、かといって理解しようとすると「済州4・3事件」という、今ではそこそこ調べられるようになったものの日本語での収集には限界がある(受け入れ当事者となった大阪市の大阪市立図書館でさえこれなので、他地方だとさらに制約されると思います)のに、これは本当にわかりづらいです。
とはいえ、「済州4・3事件」事件は極めて特異な事件で(これが理由で韓国・北朝鮮(便宜上、当時の名称)との抗争が激しくなり、結果的に1950年の朝鮮戦争につながった」という一面もあり、ご存じの通り、毎日のようにミサイルをぶっ飛ばしてくる「お隣の国」がリアルで存在する以上、余りあれこれ描けなかった、というのもこれもまた事実であろうとは推認でき(結局、民主主義か共産主義か、という、映画で扱える範囲を超越してしまう)、減点幅は(リアル朝鮮半島事情を、一監督がどうこう変えられるわけではない状況では)限定的です。
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