「今年最高の一本」くじらびと 杉本穂高さんの映画レビュー(感想・評価)
今年最高の一本
グローバルな価値観とローカルの価値観が衝突したとき、私たちはどう考えたらいいのか。本作はインドネシアでクジラ漁を伝統文化としているラマレラ村のドキュメンタリーだ。この土地は火山岩だらけで作物は育たない。村人が食べていくにはクジラを狩る以外の選択肢はなかった。それが伝統として今も根付いている。
世界的な価値観の中で、クジラ漁は厳しい立場に立たされている。マイノリティの人権をと叫ばれる昨今ではあるが、こうした少数民族や小さな村の伝統は、グローバルな価値観に押しつぶされかかっている。
クジラ漁は危険だ。映画の中でも1人の若者が命を落とす。クジラの保護とともに、この危険な伝統は若い人の安全を考えていない、とグローバルな価値観の中では言われてしまうのかもしれない。
しかし、この村にとってのクジラ漁は単なる食糧確保の手段ではない。村の文化の中心でもあり、彼らのアイデンティティのよりどころでもある。
自分が自分らしく生きられるようにするのが、今の「正しい」生き方なのだとしたら、いかにクジラ漁が残酷で危険だったとしても彼らのアイデンティティを否定できない。
この映画には、本当の意味での多様性の複雑さと奥深さがある。そして、人間の生きるエネルギーに満ち溢れている。今年最高の一本だ。
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