「岡田麿里作品の集大成」アリスとテレスのまぼろし工場 終焉怪獣さんの映画レビュー(感想・評価)
岡田麿里作品の集大成
2023年8月31日 新潟県長岡市 Tジョイ長岡にて
特別試写会に当選し、一足先に鑑賞させて頂きました。
MAPPAと言えば、誰しもが認める「この世界の片隅に」を筆頭に「呪術廻戦」、「進撃の巨人 The Final Season」、「チェンソーマン」等、数々の名作を生み出してきたアニメ制作会社。
そんなMAPPAが初のオリジナル劇場アニメを制作するとなったら期待しかない。
しかも私も大好きな監督・脚本が岡田麿里。
私的に岡田麿里先生の作品では「花咲くいろは」と「鉄血のオルフェンズ」がお気に入り。
タイトルはアリストテレスの名前の由来でもある「最高の目的」ですが、見終わった後、「なるほど!」と呻ってしまいました。
以下、本作の良かった点を記載。
○文句なしの映像美
近年、過酷な現場にも関わらず多くのアニメ制作会社がクオリティの高い作品を提供してくれている。
MAPPAも例外なく舞台となる街並みの背景の作り込みが素晴らしい。
退廃的な製鉄所を始め、登場人物達の部屋や学校等、細かい部分まで描かれている。
○嘘偽りの無い登場人物
流石は岡田麿里とも言うべき、複雑な内面を持つ登場人物達の棲み分けが見事。
アニメは文学的表現の融和性が高い故に現実で聞き慣れない・考え無いであろう台詞の応酬に違和感が無い。
しかも上手い事に舞台は10年間、時間が停止している為、主人公達は中学生のまま。
本来は肉体的成長と精神的成長はイコールだが、肉体が置き去りのまま、精神のみが成長しているので登場人物達の複雑な言動に整合性がある。
特に睦実の内面描写は岡田麿里先生ならでは。
五実や正宗への距離感に悩み、その場面場面で発せられる言葉に心が抉られます。
○生々しい精神
岡田麿里と言えば女性ならではの生々しい性的な言動。
誰しもが持ちうるフェチズムの描写に説得力があり、登場人物達に親近感が湧く。
悪友の笹倉の下ネタだったり、正宗に対する園部の心境だったりとリアリティがある。
特に前記した睦実が岡田麿里先生を投影したような人物描写であり、心がざわつきながら観ていました。
「結局、オスかよ!」とブチ切れて迫る描写や「キスしたくらいでいい気になるな!」とやるせない気持ちで正宗に毒を吐く描写等、かなりインパクトあります。
○舞台設定のバランスが絶妙
複雑な設定に見えるが、そこまで深く考えなくともよい世界観。
超常現象(神様)によって時間が停止した閉鎖空間だけと思えば充分。
この手の作品は神の存在は、都合の良い舞台設定と考えれば良いと思います。
又、食料やエネルギー資源も時間同様に無限に生成されているのも良くある設定なので難しい考えなくても大丈夫です。
この現象の発生原因が、自然(神様)への敬意を欠いた人類社会へのアンチテーゼ...と言うメッセージ性は無いとは思いますが、観客に対して分かり易い表現だった。
○恋と愛と...
本作の重要な行動原理である「恋の衝動」ですが、他の映像作品とは一味違う描写に思えました。
前記したように肉体と精神は共に成長するからこそ人間性が育まれるもの。
しかし舞台は10年も時間が停止している。
主人公の正宗達は、肉体はそのままである。
なので時間が10年経過していようとも周りの大人達からは子供のレッテルが貼られたままである。
そんなアンバランスな精神構造が織り成す恋愛模様は、よくある甘酸っぱいものとは違う。
スイートペインとは、なかなかに言い得て妙である。
○キャラデザが最高
五実や睦実の女性キャラの造形は可愛いし、正宗達男性キャラの造形も嫌悪感が全く感じない。
○分岐された世界
製鉄所の爆発を基点とし現実と幻の2つの世界に分かたれた。
しかし幻の世界は、他作品にあるような分岐した世界線ではなく、蜃気楼のような消える運命の世界。
つまり本作のジャンルとして終末を向かえるセカイ系の側面がある。
終わりを迎える中で様々な人物達の行動に胸を打たれる。
五実の正体を知り、彼女を現実の世界に戻す為に行動する正宗達。
大好きな新田と一緒に居たい為、五実を戻したくない原。
コミュ障ながらも一番人間臭い佐上。
終わりゆく世界だからこそ垣間見える描写が素晴らしい。
○五実と睦実
ラストの列車の上での会話シーンが最高でした。
母と娘による喧嘩、そして深い愛。
五実の「大嫌い!」が深く胸に突き刺さりました。
○幻と世界の行方
最後、あの世界は消えてしまったのか?
それは観客の想像に委ねられるでしょう。
ただ大人になった五実が製鉄所に訪れるラストシーンに涙が止まりませんでした。
殴り書きとも見える拙い文章でしたが、伝えたい事は一つ。
「是非、劇場で観て欲しい!」です。
この作品は紛れもなく岡田麿里先生の集大成。
世の中には岡田麿里先生のように人間関係や自身の内面に悩む人は多い。
そんな人達に一筋の光になる作品です。