劇場公開日 2022年4月1日

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「善意と浅はかな出来心が同居するリアリティ」英雄の証明 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5善意と浅はかな出来心が同居するリアリティ

2022年4月15日
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鑑賞方法:映画館

 事前の印象とは違って、主人公ラヒムの身から出たサビが結構ある。
 彼が、婚約者の拾った金貨を持ち主に返すべくあちこちにチラシを貼り、申し出た女性に電話の段階で落とし物の特徴を言わせて確認するところまでは賢かった。ところがその話が美談として予想外に広がり始めたあと、婚約者の存在を伏せるため自分が拾ったことにしたり、落とし主を連れてくるよう就職先に言われて婚約者をダミーで連れて行ったりと、自分の都合でちょいちょい嘘を混ぜてしまう。その嘘が漏れなく彼の足を引っ張り、一時の名誉が脆くも壊れてゆく。

 ぱっと見、そりゃ自業自得だよとしか言えない展開だ。あらぬ噂の拡散と闘う善意100%の主人公を描いてSNSの功罪を問う方が、見てくれのいい話になる気もする。でもラヒムの行動は、そんなありがちな善人キャラよりもある意味生々しい。
 思いつきの善行からの思わぬ展開の中、自分の都合を捨てきれないラヒム、彼を利用しようとする刑務所関係者や受刑者の支援団体のエゴ。でも、連鎖する小さな煩悩をひとつひとつ分けて考えると、彼らの言い分も分からなくもない。それらをただの馬鹿だと切って捨てるほどご立派な生き方を自分がしてきたのかと問われれば、紙一重のような気もする。
 気軽な善意を思いつくのと同じ頭で保身のための誤魔化しも考える、肯定はしないが生身の人間なら、心の弱さからそんな良心のバグが起きることもあるだろう。意外と映画でその辺をここまでありのままに見せられることは少ないなと思った。

 また、昔なら周囲の人間関係の間でしか見えなかったそういったバグを、今はSNSがクローズアップする。事実の核心に近い情報が簡単に映像や文字として手に入る利点がある一方、事実の一部分でしかないその映像や文字が、無関係な人間にまで瞬時に拡散されることで問題の肥大化を助長する側面もある。出来心の代償が時に甚大なものになる。
 周囲の大人たちが翻弄される中で、父親の最初の行為の正しさを見失わなかった息子の素直な視点だけが、けがれがなく美しい。
 色々ケチがついてしまったが、金を騙し取られたことがきっかけの借金を返せず投獄された状況にありながら金貨を持ち主に返すこと自体は、尊い行いであることに変わりはない。一観客としてその善行が事実であることを知っているだけに、彼の愚かさを見た後であってもラストは何だかやるせない気持ちになった。

ニコ