「報い」3つの鍵 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
報い
原作はイスラエル人小説家エシュコル・ネヴォの『三階』(未読)で、欧米ではベストセラーにもなっているらしい。ナンニ・モレッテイ初のナットオリジナル脚本と聞いて観てみた、ローマにある同じアパートに住む3組の中流家庭を描いたヒューマンドラマである。モレッティ曰く「この映画は、私たちの家庭の壁の外に存在する外の世界へ、心を開くよう誘っているのです」だそうで、おそらくコロナ禍等の影響により外界コミュニティとの関係が希薄となったローマ人たちの心の扉を開くために撮られた作品であろう。
映画冒頭、3階に住む裁判官(モレッティ本人)家族の酒に酔ったバカ息子の運転する車が、アパート1階の壁に突っ込み開けた“大穴”。それがモレッティのいう、外界に通じる“抜け穴”だったのか、それとも外からはまったくわからなかった住民たちの生活を露出させるための“のぞき穴”だったのか。監督はこの大穴を前者のメタファーとして演出しているが、どうもイスラエル人作家による原作小説は、後者的意味合いの強い暗いトーンで終わっているらしい。
小学校に通う娘が、シッター代わりに預けていた隣のボケ老人にイタズラされたのではないか、という猜疑心に苛まれる自営業のルーチョ(リッカルド・スカマルチョ)。亭主が出張で留守がちなため、産後うつにかかり母親と同じ幻覚を見はじめるモニカ(アルバ・ロルバケル)。裁判官の夫と死別、事件を起こした息子とも絶縁状態の元検事妻ドーラ(マルゲリータ・ブイ)は、夫の声で吹き込まれた留守番電話に孤独な心情を打ち明ける。
舞台をテルアビブからローマに移し変えたこの映画、登場人物の誰も彼もがみな、強迫神経症にかかった病み人たちなのである。外交的で楽天的な国民性で知られる南イタリア人に相応しいキャラとはとても思えないこの3人、四方をイスラム国家に囲まれて、いつ核ミサイルをぶちこまれてもおかしくはないイスラエルだからこそ成立するお話のような気がするのだ。バカ息子が車であけた大穴も、ハマスのミサイル攻撃を予感させる紛争真っ只中のテルアビブだからこそ現実味がより増してくるにちがいない。
ルーチョは娘にされたと思った淫行罪でその孫娘に訴えられ、検事妻ドーラは夫と共に絶縁した息子からも「そばによるな」と突き放される。そして、うつを発症したモニカのストーリーがこれまた実に救いのないサッドエンディング。二人目の赤ん坊を出産後失踪したモニカはともかく、その○○を娘のベアトリーチェも見てしまうという、母娘3代にわたって呪われた宿命を背負い続けるのである。これはもうガザ虐殺の報復に怯え続けるユダヤ人のお話としか思えない終わり方なのだ。