劇場公開日 2021年12月3日

「是非とも続編をお願いしたい」189 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0是非とも続編をお願いしたい

2021年12月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 誤解を招くかもしれないが、嫌なものや場所からは、さっさと逃げたほうがいいと思う。逃げずに立ち向かえというのは、他人事に対する無責任な言い方だ。「逃げるは恥だが役に立つ」というテレビドラマがあったが、逃げることは決して恥ではないと思う。

 労働基準法を守らないブラックな企業がやっていけるのは、逃げない人が多いからだ。ブラック企業というのは労働基準法の基準とかけ離れている労働条件の企業のことである。長時間労働で超過勤務手当も休日出勤手当もなし。社長の命令は絶対で、殴られたり怒鳴られたりする。夜中の呼び出しもある。有給休暇の取得を申請すると寝言を言うなと怒鳴られる。社長の周囲の幹部は皆イエスマンばかりである。ほとんど暴力団だ。
 そういう会社は当方が知っているだけで数社ある。社員は社長に怯えながら働いている。退職する人が多いから年中人手不足だが、代わりの社員が入社してくる。社長の洗礼を受けるまでは何も知らずに働くが、昇格昇給すると、しばらくして社長に怯えながら働くことになる。
 ブラック企業だと解っていても、そこで築いた地位や転職の苦労などを考えたり、仕事に対する強い責任感があったりして退職できない人がいる。休むのは悪だという雰囲気が会社全体に蔓延していて、社員は体を壊し、心を病む。そしてようやく退職していく。もっと早く辞めればよかった。辞めても代わりの人が仕事を引き継ぐ。会社は潰れない。しかし社員の殆どが一緒に辞めたらさすがに会社は立ち往生する。そうなればいいと思うのだが、何故かそうはならない。ドストエフスキーが言ったように、人間は不安と恐怖を愛するのだろうか。
 大人でもブラック企業から逃げ出すことができないくらいだ。まして子供は親から逃げることなど思いもしない。衣食住を親に依存しているから離れようがないのだ。それでは、虐待されている子供を誰が助けるのか。

 本作品は児童福祉司の物語である。職場は児童相談所で、省略して「児相」と呼ばれている。都道府県や政令指定都市の機関であり、知事や市長が最高責任者である。予算は都道府県議会や市議会で決定される。
 鑑賞してすぐに思うのは、虐待事例の多さや任務の過酷さに比して、児相の予算が少なすぎるということだ。無駄な予算まで計上する必要はないが、必要な受入人数や対応人数は確保しなければならない。それが出来ていないから、事例過多、受入過多に陥る。児童の虐待や虐殺が後を絶たないのは最高責任者である知事や市長の怠慢であることは間違いないのだが、本作品の主眼は別のところにあるようだ。

 中山優馬が演じた児童福祉司の坂本大河は、その真面目な性格ゆえに、子供が親に殺されたのは自分のせいだと思ってしまう。同じように自分で責任を感じてしまう職員がいる一方、マニュアル通りに定刻の仕事を淡々とこなしていく職員もいる。
 大河のような熱血漢は、熱が冷めたら自分が病んでしまう。そして辞めていく。実は児相を回しているのは、淡々と仕事をこなす職員たちなのである。予算や設備や人員が限られた条件の下、出来る限りの仕事をする。しかし無理をしない。前川泰之が演じた安川チーフをはじめ、普通の職員の普通の仕事に価値があることを、観客として理解できたと思う。

 児相はひとつひとつの案件が同じではなく、それぞれに異なった対応が要求される。しかし出来ることと出来ないことがある。だから警察との連携が大切で、互いに少しずつオーバーラップしながら案件にあたらないと上手くいかない。自分の仕事はここまでと互いに線を引いてしまうと、間にできた溝に案件が落ちてしまう。そして子供が死ぬ。
 大河が一人前の児童福祉司となって活躍するようになるための第一歩が本作品である。児童が親に殺されてしまった事案は、大河の心から除かれた訳ではない。一生忘れない心の傷だ。これからも心の奥深くに抱えて生きていく。
 大河はどんな児童福祉司になっていくのか、そしてどんな事案に向き合うことになるのか。是非とも続編の製作をお願いしたい。その場合は映画よりも多くの人が視聴するテレビドラマがいいかもしれない。有権者は児童福祉司の仕事の実態を知るべきだと思う。

耶馬英彦