劇場公開日 2021年11月19日

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「ダンスなし、ヒロインなし、インド映画に新たな1ページを刻む」囚人ディリ 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 ダンスなし、ヒロインなし、インド映画に新たな1ページを刻む

2025年6月29日
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鑑賞方法:映画館

楽しい

興奮

【イントロダクション】
10歳の娘に会う為、出所したばかりの元囚人の男が、警察に協力して麻薬組織に立ち向かう姿を描いたアクション。
主人公ディリをカールティが演じる。監督・脚本のローケーシュ・カナガラージ。その他脚本にポン・パールティバン。音楽にサム・C・S。

監督・脚本のローケーシュ・カナガラージ監督による、ローケーシュ・シネマティック・ユニバース(以下、LCU)の記念すべき第1弾。元々、本シリーズをユニバース化する予定ではなかったそうだが、本作の成功と続く第2弾『ヴィクラム』(2022)にて自身の憧れの大スター、カラム・ハーサンの出演が実現した事により、ユニバース化の運びとなったそう。

【ストーリー】
警察の特殊部隊が、麻薬組織から大量のコカインを押収した。部隊長のビジョイ(ナレーン)は途中腕を負傷しながらも、コカインを南インドのタミルナードゥ州ティルチ市内の警察署の地下に隠した。ビジョイ達は郊外にある警察のゲストハウスに招かれ、長官の退任パーティーに参加していた。

だが、麻薬組織は黙ってはいなかった。組織のNo.2アンブ(アルジュン・ダース)が指揮を執り、麻薬捜査局のステファンと警察の内通者の協力の下、押収された900キロ、末端価格80億ルピーを取り戻し、作戦に携わった捜査官を殺害すべく動き出した。

内通者は酒に毒を盛り、参加者が次々と倒れていく。運良く酒に口を付けなかったビジョイは、患者を市街地の病院に輸送すべく、身分証不携帯の為に拘束されていたディリ(カールティ)という男に協力を求める。しかし、ディリは10年の刑期を終えて出所したばかりの元囚人であり、服役中に生まれた顔も知らない娘のアムダ(ベイビー・モーニカー)に会うのだと、これを拒否する。ビジョイは権力を行使するという脅しを掛け、道案内役のトラックのオーナー、カーマッチ(ディーナー)も同行させ、半ば強制的にディリにトラックを運転させる。

一方、ティルチ市内の警察署にも危機が迫っていた。留置所に収監中の売人達を解放すべく、アンブ達が大挙して向かっていたのだ。事態を知ったビジョイは、署に残されていた転属したての巡査ナポレオン(ジョージ・マリヤーン)と、飲酒運転の容疑で拘束中の大学生グループとその友人達に署にバリケードを作って立て籠もるよう指示する。

その頃、ディリ達の元には、捜査官達を始末すべくアンブが懸賞金を掛けた事で、ギャング団や組織の幹部チットゥ(ラールー)らの刺客達が次々と向かっていた。そして、アムダは孤児院にて、明日の朝会いに来るという人物を待ち続けていた。

【感想】
まず何より、本作を上映してくれた新文芸坐さんに感謝!
5月に公開された『ヴィクラム』に魅了され、今月公開の『レオ:ブラッディ・スウィート 』(2023)でLCUの世界観の面白さを確信したからこそ、今後もLCUを追っていく中で、スタートである本作の鑑賞はマストだった。しかし、本作の現状は、日本版のDVD・Blu-rayは現在廃盤によりプレミア価格、配信は一切なしという、鑑賞が非常に困難な状況だった。そんな本作を、まさか劇場のスクリーンで鑑賞出来るとは。

往年のハリウッド映画、特にアクション映画の影響が色濃く反映された脚本は、ファンならば思わずニヤリとしてしまうような要素がてんこ盛りだ。
警察署での籠城戦という構図は、ジョン・カーペンター監督の『要塞警察』(1976)を彷彿とさせる。また、ディリが真夜中の道をトラックで疾走する中、警官達の命を狙う追手と繰り広げるカーチェイスシーンは、ジョージ・ミラー監督の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)を、孤立無援な状況はジョン・マクティアナン監督の『ダイハード』(1988)も意識しているだろう。
そして、インド映画といえば豪華な衣装やド派手なダンスシーンだが、本作では登場人物達が一切踊らず、衣装もキャラクター達の設定上現代的でラフな格好が目立つ。インドらしい要素は警察署の建物やトラックのデザイン、ディリの衣装、彼が出発前に口にするインドの伝統的な米料理ビリヤニなどの小物や背景に僅かに表れている程度。真夜中という設定から暗闇でのやり取りも多く、とにかく純粋なアクション映画に仕上げようとエッジを効かせているのだ。

まだユニバース化の予定が無い中での作品の為、本作は親子愛を軸に一本の映画として手堅く纏めた印象。本作のみの世界観での続編の構想はあったかもしれない(ラストのアダイカラムの台詞)が、ユニバース化した次回作以降は、派手さを優先した外連味あるアクション映画に変化していくので、ユニバース化に舵を切ったのはローケーシュ監督の大英断だったと個人的に思う。

次回作以降の作風なら、間違いなくクライマックスでアダイカラムは檻から出てきてディリと一騎打ちしているだろうし、何ならディリvs.アンブ&アダイカラムといった2対1の構図すらあり得たかもしれない。だが、アダイカラムは終始留置所の檻の中だし、本作のみではアンブの生死も判然としないままだ。それにしても、アンブはよくこれ程の失態をやらかしておいて、ロレックスに始末されなかったなと思う。彼の小物ぶりは好きだが。

夜間のアクションシーンは魅力的であり、車のライトの光に照らされた中でのディリの格闘戦は迫力満点。若い頃に培った喧嘩のノウハウのみで襲い来る刺客達を次々と撃破していく姿、だからこそ、反撃を受けて次第に負傷していく姿にこちらのボルテージも上がっていく。

対する警察署での籠城戦は、大学生グループの健闘ぶりが魅力的であった。特に、留置所に収監されていた組織のボス、アダイカラムが外のアンブ達に指示を出せないよう、大音量で音楽を掛ける姿、コカインでハイになって襲い掛かってくるアンブを迎え打つ姿は印象的。ただ、もっと籠城戦ならではの攻防が見たかったのは確か。ナポレオンが大学生グループの犠牲者を出すまでは、ビジョイの指示待ちの優柔不断キャラなのが勿体ないと感じた。

意外な仕事ぶりのキャラクターは、道案内役のカーマッチだろう。ディリ同様、嫌々同行させられた身ながら、負傷したビジョイを救出する際に慣れない銃を扱う姿、ディリの娘への愛情を理解し、娘の為にも作戦から退くべきだと訴える姿に彼の優しさが伺える。ラストでディリとアムダと共に帰路につく彼に、果たして続編での出番はあるのか気になるところだ。

内容に対して、尺が145分というのは多少長く感じられた。警察官を病院へ運ぶディリ達、警察署に立て籠もるナポレオン達、ディリの迎えを待つアムダと、3つのストーリーが並行して描かれる為仕方ない部分はあるが、あと20分短く纏め上げてくれれば、更に魅力的な1作に仕上がったのではないかと思う。

【総評】
ダンスなし、豪華な衣装なし、(大人の女性)ヒロインなしという、インド映画らしからぬ硬派なアクション映画。多少の尺の長さや不満点もあるが、インド映画の新しい側面を体現した1作と言えるだろう。

本作の成功が無ければ、以降のユニバース化も叶わなかった事、全ての始まりの為、次回作以降の重要ポジションキャラが多い事から、間違いなく一見の価値ある作品だった。

また、不満を言いつつも、鑑賞後しっかりと再販されたBlu-rayは購入したので、LCU作品のBlu-rayコレクションが決定した(笑)

緋里阿 純