「アメリカが隠したいものを歌い続けた歌姫をアンドラ・デイが熱演!!」ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)
アメリカが隠したいものを歌い続けた歌姫をアンドラ・デイが熱演!!
今作は、ビリー・ホリデイを扱った映画ではあるが、彼女の伝記映画というわけではない。というのも原作となるのは「麻薬と人間 100年の物語」という、アメリカのドラッグ100年史のようなものだからだ。
つまり黒人が現実の恐ろしさから目を背けるために、アルコールやドラッグに手を出すしかない、精神状態に追いやられていたことを象徴する人物として、ビリー・ホリデイに焦点が当てられているのだ。
ビリーをアーティスト的側面から描いた作品は、ドキュメンタリー『ビリー』や、ダイアナ・ロス主演の『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ物語』などを観た方がいいだろう。監督のリー・ダニエルズも伝記映画はすでに存在しているだけに、そこを目指したわけではないことも語っている。
貧困に苦しみ、生活のために、家族から売春を強要されるといった、壮絶な子ども時代を過ごしたビリーの人生を一から語るとなれば、十代で2回も父親のいない子の出産を経験しているアレサ・フランクリンの『リスペクト』のように、2時間弱という劇時間では、決して語りつくせない。
ビリー・ホリデイに焦点が当たった理由としては、やはり代表曲「奇妙な果実」
このタイトルの意味は、南部でリンチにあった黒人が木に吊るされ、腐敗した姿を指していることから、この曲は白人たち、特に政府からは嫌われていた。アメリカが隠したい汚点をダイレクトに伝える歌詞であったのと同時に、首都圏では大移動によって黒人の人口が、急激な増加傾向にあったこともあって、歌詞に触発された黒人の暴動の恐れもあり、常に政府はビリー・ホリデイの動向を監視し続けていた。
近年でも『それでも夜は明ける』のように、奴隷制度や黒人リンチを扱った作品は、配給や上映関数が取りにくいといった事例もある。特に白人至上主義を概念として受け継いだ保守的な白人たちは、今でも良くは思っていないだろう。
『マ・レイニーのブラックボトム』でも描かれていた通り、当時白人たちは、ジャズやブルースなど黒人音楽を娯楽の一部として楽しむ傾向にあり、アーティストは、一目置かれる存在であっただけに、批判的な歌詞の歌を唄うというだけでは逮捕できない環境にあったため、ドラッグを理由として逮捕できないかと探っていた。
公民権運動が本格的に始まったのは、50年代に入ってから。40年代で黒人の尊厳を主張するアーティストというのはとても珍しく、しかも成功しているとなれば一握りにも満たない。それだけ注目を集め、黒人も「奇妙な果実」を公の場で披露することを望んでいたのだ。
ビリー・ホリデイを演じるのは、第58回グラミー賞にノミネートされた経験もある歌手のアンドラ・デイ。今作では歌唱シーンは吹替えなし、さらにヌードにも挑戦するなど、ビリーの生き様を体現したかのような、体当たりな演技に圧倒されてしまう。ゴールデングローブ賞を受賞し、アカデミー賞にノミネートされたのも納得できる