「前作『search サーチ』とは真逆、説明を敢えて端折った引き算が残す不協和音が印象的なハリウッド版『洗礼』」RUN ラン よねさんの映画レビュー(感想・評価)
前作『search サーチ』とは真逆、説明を敢えて端折った引き算が残す不協和音が印象的なハリウッド版『洗礼』
人里離れた郊外の一軒家で母ダイアンと二人暮らしのクロエは幼少期から病弱で毎日の服薬が欠かせず車椅子での生活を送ってきた高校生。そんな不幸な生い立ちにもかかわらず母の手厚い保護の下勉学に勤しみ、ゆくゆくは大学に進学して自立することを夢見ていた彼女は、母の買い物袋の中に入っていた緑色のカプセル剤を見つけその成分を調べようとして自宅のPCがネットに繋がらなくなっていることに気付く。不審に思ったクロエは母に悟られないように機転を利かせながら真相に迫ろうとするが二人の過去に想像を絶する闇が広がっていることを思い知らされる。
全編をPCとスマホのディスプレイ映像だけで構成した斬新なスリラー『search サーチ』で一世風靡した新星アニーシュ・チャガンティ監督が今回繰り出したのはバカみたいに正統派の心理スリラー。『不意打ち』、『恐怖』、『ミザリー』といった体の自由が奪われた絶体絶命が描かれたスリラーの傑作群に対するリスペクトがコッテリと滲んだ禍々しい曇天の下で繰り広げられるテンションが張り詰めたサスペンスが見事。そしてそのサスペンスを背後から盛り上げているのが、冒頭以降時折放り込まれる意味深なカット。それらに対する回答が中途半端に放棄されているので、ダイアンとクロエの過去にある途方もない闇の中に観客が勝手に物語を想像できる余地をたっぷり残しています。全てをスクリーンにブチ撒けた前作に対して引き算で余韻を残すアプローチでも前作に匹敵する不協和音をしっかり響かせる監督の力量に、新作ごとに異なるアプローチで作品を仕上げるウルグアイの奇才フェデ・アルバレスの作家性と通じるものを感じました。
穏やかに微笑んで見せるだけで観客の神経を逆撫でする恐怖を漂わせるダイアン役のサラ・ポールソンも最高に不気味ですが、オーディションで本作に抜擢されたという新人キーラ・アレンが体当たりで演じたクロエが大抵の観客が勝手に期待していた結末をシレッと裏切るのがたまらなく深いです。唐突なしてやられた感で鼻腔の奥がスッとする心地よい不快感は小学生の頃に読んで血の気が引いた楳図かずおの『洗礼』に匹敵するものでした。傑作です。