「これは紛れもなく、上田慎一郎監督作品、な一作。」100日間生きたワニ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
これは紛れもなく、上田慎一郎監督作品、な一作。
本作の原作となる、『100日後に死ぬワニ』については、騒動になってから初め知った程度のため、映画を観た観客としての感想です。
一言でいえば、短いながらもしっかりと上田監督作品(監督と脚本はふくだみゆきと共同)となっていて、完成度の高い作品でした。上映時間が短いのに通常の料金だったり、光学的効果を存分に取り入れた背景と原作の画調に忠実なキャラクター描写が一部噛み合っていないように見える、といった引っかかりはいくつかありましたが、全体的な完成度と較べたらごく些細な問題に過ぎません。
『カメラを止めるな!』と同様、物語は大きく前半と後半に分かれる構成となっています。『カメラ〜』は前半部の演出を後半部でひっくり返す、という脚本技法の巧みさが際立っていた一方、本作は前半で語った物語を、後半で登場人物一人ひとりの視点から捉え直す構成となっています。後半では台詞での説明は極力省いて、微妙な距離感や表情の違いで彼らの心のうちをほのめかす演出の巧さが際立ちます。そして「余談」に思える後半部が描かれることで、なぜ映画化に当たってタイトルを微妙に変更したのかが明らかになってきます。
ちょっと笑いや底意地の悪さも含めた描き方は、紛れもなく上田監督演出なんですが、関係性の描写から物語を立ち上げていく、という観点で見ると、ちょっと今泉力哉監督の『あの頃。』や『街の上で』、それとローレンス・カスダン監督の『再会の時』(1983)などを連想しました。これだけ錯綜した関係性と心理描写を、ごく短い上映時間で表現し切ったことには驚かされました。
原作通りの絵柄であれば、もしかしたら映像的に地味になって、スクリーンよりも配信を待ってからの鑑賞でも良かったかも、と思ったかも知れません。しかし本作の「光の」演出や桜の花びらの舞い散る様子などの描写は非常に繊細で、スクリーンで鑑賞する意義は十分あります。特に「光」の描写に関しては、例えば光源が画面上方や斜めに位置すると想定される場合は、スクリーンのその部分がほんのり明るくにじんでいるといった入念さです。さすがに『映画大好きポンポさん』のこだわりと比較すると簡素ですが、それでも原作のシンプルな絵柄を基調としていることを踏まえると、十分すぎる程の繊細さでしょう。
もしかすると本作はヒットコンテンツの便乗企画として製作が始まったのかも知れませんが、そこにできる限りの独自要素を取り込み、自らの作品にしてしまった上田監督の力量は称賛に値するし、この路線で押し通した制作側の判断は非常に適切であったと考えます。
評価については人それぞれなので、内容に不満を抱いた人が否定的な意見を表明するのもごく当然なのですが、評価の低さに鑑賞を見送るには実にもったいない作品です。