白い牛のバラッド : 特集
上映中止になった“死刑を問う”衝撃サスペンス
結末に何を見る?ベルリンで高く評価された問題作
“死刑”と“冤罪”をテーマにした衝撃のサスペンスとしてベルリン国際映画祭にて高評価を得た一方、製作された本国では政府の検閲により劇場公開の許可が下りていない“問題作”がある。
タイトルは「白い牛のバラッド」。2月18日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開を迎える。
愛する夫を冤罪で失った女性を待ち受ける残酷な真実。そして、彼女が最後に下す“決断”を、あなたはどう受け止めるだろうか――? こちらの特集では、良質なサスペンスにして、命の重さを問う社会派のドラマである本作の魅力、見どころを掘り下げていく。
“死刑執行数世界2位”の国で上映中止となった衝撃作
ラストの“決断”をどう解釈? 編集部の意見も割れた!
●死刑になった夫は冤罪だった――1年後に現れた謎の男の正体は…?
愛する夫を死刑で失ったミナ。シングルマザーとして必死に働きながら、耳の聴こえない幼い娘と暮らしていた。だが刑の執行から1年後、夫が無実であったことが判明する。
裁判所の説明に納得がいかないミナは、賠償金よりも担当判事の謝罪を求めるが、権威の失墜を恐れてか、当局はミナの要求に応じようとしない。そんなある日、彼女の前に「夫の旧友だった」という男性・レザが現れる。
なにくれとなく救いの手を差し伸べるレザに対し、ミナも娘のビタも少しずつ心を開き、やがて3人は家族のような親密な関係を築くようになる。だが、レザはある“秘密”を抱えていた。その残酷な真実を知ったミナは――。
●冤罪による死刑、ヒジャブを脱ぐ主人公…女性監督が国家のタブーに切り込む!→上映中止
本作はサスペンスとしてはもちろん、社会派のドラマとしても“衝撃作”と呼ぶにふさわしい。死刑執行数が世界で2番目に多いといわれ、宗教と深く結びついた法の支配下にあるイランにおいて、冤罪による死刑……つまり国家の誤りで不条理に失われた命について描くということが、どれほどの覚悟を要するかは想像に難くない。
長年、女優として活躍してきたマリヤム・モガッダムが主演を務め、私生活のパートナーであるベタシュ・サナイハとの共同監督で作り上げた本作。モガッダム自身、子どものころに父親が政治犯として処刑された過去を持ち、しかも彼女の母親の名はミナ。この物語は母親の体験にインスピレーションを得る形で書き上げられており、母をモデルにした主人公をモガッダム自身が演じているという部分からも、この作品の“強度”と説得力の高さの秘密がうかがえる。
また、イランにおいて女性監督が“女性の生きづらさ”というテーマに果敢に挑んでいることも特筆すべき点である。劇中、ミナが女性、およびシングルマザーであるがゆえに様々な困難に直面する描写が見られるが、そんな理不尽な現実を軽やかに振り払うかのように挿入されるのが、ミナが頭を覆うヒジャブを脱ぐシーン。イランでは、女性は公共の場でのヒジャブ着用が法で定められており、これを破った場合、実刑に処されるケースも……。
文字通り国家のタブーに切り込んだ作品であり、結果的に本作はイラン国内ではファジル国際映画祭で数回上映されて以降、政府の検閲により劇場公開の許可が下りないという状態が2年以上も続いている。
欧州での称賛の一方で、本国では政府によって「NO」を突きつけられた問題作。いったい、そこには何が描かれているのか? ぜひその目で確かめてほしい。
●思わず二度見したくなる衝撃のラスト! 復讐か、赦しか――あなたはどう解釈する?
そして本作の最大の衝撃と言えるのが、ミナが最後に下す、ある“決断”である。すべての事実を知り、彼女の心の内は激しく揺れ動く。亡き夫への想い、愛する娘との未来……。
このラストシーン、「え? どういうこと…?」と思わず二度見すること必至! ちなみに、解釈に関しては映画.com編集部内でも意見が分かれ、本特集についてのミーティングでも、ラストシーンを巡って様々な解釈が飛び交うという結果となった。
観終わって、誰かと熱く語り合いたくなる映画ということを、身をもって実感した。怒り、愛、希望、絶望……劇場を後にするとき、あなたの胸に去来する感情は――?
【品質は極上】ベルリンで金熊賞&観客賞ノミネート
海外批評家&国内著名人からも絶賛の声が続々!
●各国映画祭で絶賛! 作品、監督、俳優陣、いずれも高評価が集まる
本作は第71回ベルリン国際映画祭において、最高賞の金熊賞および観客賞へのノミネートをはじめ、世界各国の映画祭で称賛を浴びている。バリャドリッド国際映画祭では新人監督賞を獲得し、ノイエ・ハイマート映画祭では作品賞を受賞。デンバー映画祭、ストックホルム国際映画祭でも同じく作品賞にノミネートされたほか、ファジル国際映画祭では脚本賞、主演女優賞の候補となっており、物語のクオリティだけでなく、監督、俳優陣も含め高い総合力を持った作品であることがわかる。
フランスをはじめ、すでに劇場公開されている国々での映画評も押しなべて好評! 批評でも「アスガー・ファルハディとモハマド・ラスロフの傑作と並ぶ」(IndieWire)など、「セールスマン」「英雄の証明」などでイランを代表する世界的映画監督となったアスガー・ファルハディ、「悪は存在せず」で第70回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したモハマド・ラスロフ監督の名を並べて評価する声も。
●日本人にとっても他人事ではないテーマを鮮烈に描き、監督たちからも称賛の声!
イランが死刑執行数世界2位であることはすでに述べたが、日本もいまでは少数派となっている死刑存置国のひとつ。本作は決して遠い国の出来事ではなく、我が国の死刑制度の在り方についても考えさせる。
本作を鑑賞した国内の映画人からも映画への称賛、死刑制度や女性の生きづらさに言及するコメントが寄せられている。
西川美和(映画監督)「全ての光を失っていた主人公が、男の受難を助けようと奔走する時の輝きが感動的だった。人が救われるのは、人を助けられるときだけなのかも、と思った。宗教や文化のあつれきの中でもがきながら、やむにやまれぬ人の繋がりと赦しを丹念に描いた素晴らしいドラマだった。イランの演じ手たちの演技の確かさにも息を飲んだ。無駄や虚飾がなく、それでも観る者の心の真ん中をストンと射てくる。色々反省させられました」
瀬々敬久(映画監督)「死刑制度を容認する人にも、反対する側の人間にも、今までそういうことを考えてこなかった人々にも、等しく響いてくる映画だ。悲劇でありながら、悲しいと叫ぶことでは済まされない現実、それが突き刺さってくる」
森達也(映画監督・作家)「死刑大国イランで起きた冤罪による死刑執行。その結果として多くの人たちの人生が狂わされる。先進国では例外的な死刑存置国の日本に暮らす僕たちにとって、この事件は決して他人事ではない。ラストは思わず声が出た。そしてもう一つ。女性の映画でもある」
坂上香(ドキュメンタリー映画監督)「これは、『白い牛(冤罪で殺された夫)』をめぐるイラン人女性ミナの話。冤罪のリスクを認めず、死刑を『やむをえない』と8割が認めてしまう日本の私達に、はたして『白い牛(生贄)』は見えるのだろうか」
齊藤潤一(映画「眠る村」監督)「『ひと言でいい、謝って欲しかった』冤罪を晴らしても謝罪しない司法に、免田事件の免田栄さんはそう言った。誤りや不正があっても無かった事にするこの国。イランはまだマシなのか…?『裁き』の重みと『赦し』の難しさを考えた」
中村佑子(映像作家)「未亡人になれば家も借りられず、世間から冷たい視線を浴びるイランの女性たちの厳しい現実にショックを受けた。刑務所の壁に囲まれた白い牛のイメージは、冤罪で死刑となった夫だけでなく、社会の囚われの身である女性たちでもあると思えた。そんな限られた自由のなかで、贖罪を誓った男に対して或る行動をとったミナの、決然として複雑な意思の光に息を呑む」