「大地に逞しく根を張る私たち家族(ミナリ)の物語」ミナリ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
大地に逞しく根を張る私たち家族(ミナリ)の物語
本作はハリウッド作品ではあるが、いよいよハリウッドまで席巻し始めてきた韓国。
『パラサイト 半地下の家族』に続き、本作も米アカデミー作品賞にノミネート。
『パラサイト』のような強烈インパクトの作品ではないが、どちらかと言うと『フェアウェル』(中国系アメリカ人だけど)のような家族物語。
いや、あちらは笑って泣けるホームドラマであったが、こちらは厳しい困難が幾度も訪れる監督の半自伝的の家族物語。
アメリカに移住した韓国人家族。父ジェイコブ、母モニカ、娘アン、息子デビッド。
カリフォルニアで暮らしていたが、片田舎のアーカンソーへ。
農業で成功を夢見るジェイコブに連れられ、半ば強引に。モニカは不満を募らせ、早速暗雲が…。
幼いデビッドは心臓に疾患を抱える。
そこでモニカの母スンジャを韓国から呼び、一緒に暮らして子供たちの面倒を見て貰う。
夫婦は共働きが出来、これでやっと夢見た新天地生活が始まったかと思いきや、農業や家族間にまだまだ困難が続く…。
農業にのめり込むジェイコブ。固執と言っていい。
無論ジェイコブは農業初心者。上手くいく筈がない。
農場の水が干上がった時は、家であるトレーラーハウスから引っ張る。家では水が出なくなる。
やっとの思いで育て、心血注いだ作物が売れない。
すると男というものは、イライラしてくる。さらに仕事に没頭する。
ジェイコブの気持ちも分からんではない。
一家の大黒柱。家族を支えなければならない。
序盤のひよこの選別場。煙突から出る黒い煙を見るジェイコブが印象的。役に立たないオスは廃棄される…。
あんな風にはなりたくない。
家庭を顧みない妻と喧嘩が増え、溝が。
いつの時代、何処の国も同じ。
そんな時夫婦間の接着剤になってくれるのは、子供…と言いたい所だが、まだ幼い。それに、デビッドは病持ち。
年長者。
口が悪く、毒舌家。
不味い飲み薬は作れるけど、料理は出来ない。
じゃあ、何が出来るの?
花札。プロレス好き。
ユーモアたっぷり。
その一方、戦争で早くに夫を亡くし、独り身。読み書きも出来ない。
哀しさも滲ませる。
当初デビッドは会った事無かったおばあちゃんが苦手。嫌い、韓国臭い。子供は時々痛いほど正直。
デビッドがおばあちゃんに“アレ”を飲ませる。父親でなくとも、コラ! しかし怒られている時、おばあちゃんは孫の味方。
ある夜の子守唄…。
そんなおばあちゃんを、デビッドは次第に…。
包み込むような優しさ。
韓国人俳優で初の米アカデミー演技賞受賞の大快挙も納得。
日本で例えるなら故・樹木希林のような存在感と名演。
ユン・ヨジョンがひと度画面に出れば、作品が締まり、グッと面白く魅力が増す。
先におばあちゃんの方を紹介してしまったが、
スティーヴン・ユァンも一家の大黒柱としての苦悩、身勝手さ、哀しさを体現。
妻ハン・イェリも良かった。いや、非常に良かった。良妻賢母。それ故の悩み、孤独、苛立ちを見事に表していた。ユァン、ヨジョンと共にオスカーにノミネートされても良かったと思う。
2人の子役もいい役回り。特に、デビッド役のアラン・キムが可愛らしい。
農業を手伝う地元民のポールを演じるウィル・パットンも好助演。個人的に、彼については色々な意味合いが込められている気がした。
自身も移民2世である監督のリー・アイザック・チョン。
自身がデビッドに反映されているのは一目瞭然。
農場での出来事や引っ越して来てトレーラーハウスを見た時の両親の対照的な反応はほぼ実体験なんだとか。
それ以外にも父親から怒られた時の「棒を持って来い」、おばあちゃんからの褒め言葉「驚いた。頭のいい子だね」なんかもそんな気がした。
不便な田舎ではあるが、アメリカ高原の美しさ。
舞台設定は80年代。
世代も違う、異国の家族の話なのに、不思議とノスタルジーやシンパシーを感じる。
さっきは苦い意味であったが今回は、いつの時代何処の国も同じ。
監督が思いを込めて、丹念に綴る。
普遍的な家族の物語…ではあるが、根本には深いものが込められている。
アメリカと韓国。ジェイコブらは英語名で呼び合い英語で話すが、おばあちゃんは韓国名で話すのは韓国語。長らく離れて暮らしていた為生活様式も考え方も価値観も違う。アメリカと韓国、相容れる事が出来るか…?
農業手伝いのポール。見た目はちと変質者っぽいが(失礼!)、親切で働き者。信仰心が厚く、イエスのように十字架を背負って歩く彼を地元民は変人扱い。偏見。
一家に対して直接的な迫害は無いが、馴染めぬよそ者感が…。
アメリカで高く評価された点の一つに、信仰が巧みに織り込まれている。これは見ていてすぐ分かる。
作品の端々に聖書や信仰への問い掛け、言及。
元々信仰心があったモニカ。
が、一方のジェイコブは…。
目の前の見えるものしか信じない。
それが悪いという訳ではない。大半の人も同調しそうな現実的な生き方。
これまでにも何かの作品レビューで言ってきたが、別に私は信仰心がある訳ではない。
でも…
辛い時、苦しい時、挫けそうな時、もう一人じゃ無理な時…
何かにすがりたくなる。
一抹でも、信じる者は救われる、と。
これは、ジェイコブが真に“信じる”までの物語でもある。
シンプルな単語にして、聞いた事の無い“ミナリ”。
意味は韓国語で、“セリ”。
セリは何処でも育つ。富裕層から貧民層まで誰でも食べる。
セリの種を持ってきたのはおばあちゃん。
その種を森の中の綺麗な自然水の近くに植え、見事なセリが育った。
そのセリと通じているような自然水を飲み続けているデビッドの身体に、奇跡が起こった…!
喜ぶモニカ。
時を同じくしてジェイコブの作物も売れ、何より喜ぶ。
これが遂にモニカの限界となる…。
家族より仕事。自分中心、自分の事だけ。
家族にとって苦難の末のやっとの明るい道が拓けた矢先、モニカは別れを決意する…。
またこんな時おばあちゃんが頼りになってくれれば…しかしこの時おばあちゃんは、脳卒中で倒れ、身体が不自由であった。
そんなおばあちゃんがある大失態を犯してしまう。
何やってんの、おばあちゃん!…と言いたい所だが、これが結果的に家族に大切なものや初心を思い返させる。
チープな言い方かもしれないが、
全てを失って、また始めからやり直す。
が、今度は自分勝手な夢ではなく、家族と共に、信じて。
ミナリのように逞しく大地に根を張って。
ずっと続く私たち家族の物語。
近大さんへ
ストーリー的には大好きだったんですが、これが「アカデミー賞候補」って言われると、「へ?」ってなってしまって感動が削がれてしまいましたw