「"number nine"(9番の家)が繰り返される静かな「革命」」ビバリウム 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
"number nine"(9番の家)が繰り返される静かな「革命」
ジェシー・アイゼンバーグとイモージェン・プーツが演じるカップルを先導してきた不動産業者の男が、郊外の新興住宅街で「9番の家」(number nine)を案内する。予告編でも聞かれるこの台詞の発音は、ビートルズの実験的な楽曲『Revolution 9』を想起させる。ジョン・レノンが「number nine, number nine,...」とつぶやく声が延々と繰り返される同曲のように、カップルが不気味な住宅街から脱出しようと試みるたび、9番の家に戻ってきてしまう。思えば数字の「9」は螺旋に似た形をしていて、ぐるりと回って元に戻る迷路を象徴しているのかもしれない。
「vivarium」は、自然の生息状態をまねて作った飼育器や飼育場を指す普通名詞だが、viva(イタリア語で「万歳」)+arium(「場所」を意味するラテン語由来の接尾語)で「素晴らしい場所」という皮肉を込めたタイトルとも読める。
住宅街の地名「yonder」には「あそこ、向こう」という意味があり、つまりは「ここではない場所」だ。異星人がひどく時間がかかり非効率的な地球侵略という革命のためにしつらえた、カッコウの托卵のように自らの子を人間の代理親に育てさせる飼育場は「この世ならざる場所」であり、一度迷い込んだら二度と脱出できないということか。
イモージェン・プーツは大好きな女優で、彼女のチャーミングさはラブコメ系で最も発揮されると思っているが、どういうわけかホラーや暗めのドラマに出演することが多い。出演作が日本で劇場公開されないこともままあって寂しい思いもしてきたが、本作がコロナ禍の中で公開されて嬉しい。新進のロルカン・フィネガン監督の今後にも期待。