「滋味を味わう作品」岬のマヨイガ スイゴウたんさんの映画レビュー(感想・評価)
滋味を味わう作品
予備知識ゼロで鑑賞。
一応架空のお話ではあるけど、冒頭の3分で、この作品があの地震の直後を舞台(の基礎)にしている事は、容易に理解できる。制作が決まってからのロケハンではなく、震災直後の三陸沿岸を実際に歩いた製作スタッフがどれだけいたのだろう、というのが最初の印象。
あの震災の傷跡は今でもあちこちで見えるし、地元の方々からお話も伺える。立派な伝承施設もたくさん建ったので、それを訪問する事で学ぶこともできる。でも、瓦礫から舞い上がる埃の凄さや、海からかなり離れた内陸で感じる潮の匂い…そういった事柄を肌で感じていないスタッフが作品世界を描写するのは、極めて難しかったのではあるまいか。
私自身が三陸(宮古)を訪れたのはあの年の5月、作品の舞台である大槌町に入ったのは翌年7月。直後とは言えない時期でも、それは強烈な体験だった。映像を見ながら、あの時の感覚を思い出すのは、とても不思議に感じた。
追体験できない特別な景観を、背景作画はよく再現したと思う。その努力に敬意を表します。例えば、橋の欄干が津波でぐにゃりと曲がった様をきちんと作画していて、上手いなぁ。また、舞台となるマガリヤが、その立地に応じて(見た目や内装だけでなく)基礎の建築様式が違うとか、よく取材されている。
最初の1日目は、極めてゆっくりと物語が進む。ちょっとテンポが遅すぎるかもと感じるけど、ここでの丁寧な描き込みが、後で物語が大きく動く際に、登場人物の思いをしっかりと受け止めてくれる。出汁の旨味、もしくは素材の滋味が少しずつ溶け出して、互いに重なり合って一つの大きな料理(お膳)を仕上げるイメージ。最近の劇場アニメでこういう作り込みの作品はとても珍しいと感じる。正直派手さに欠けるので、合わないという人は多いかもしれない。でも、美味しいものは美味しいのです。
それに呼応するように、作中ではお料理が大きな役割を果たす。今日は疲れたからと出てくるおにぎりのなんと美味しそうなこと! 実際、縁側に座った3人が一緒にそれを頬張ることで、本作の大きなテーマである『家族のあり方』が浮かび上がってくる。最後まで観ると、その変化がちょっと上手く行き過ぎる部分はあるけれど、それでも一つの姿を示したのは、立派だと思う。
クライマックスでの大活劇(?)はどうなんだろう。物語としてもう少し穏やかな方が、作品には似合う気がする(ので減点)。でも、人の闇を食らい尽くしてほしい=一見悪役にも存在意義がある、という作り手の祈りが感じられるのも事実。すべてが終わって、その悪役をもお祀りするキワばあさんの思いが、とても深くて、唸ってしまった。ここで大活躍するひよりちゃんが、その前で御神楽の音楽から逃げ出して…という布石の打ち方が、上手いと思う。笛と弓なんて、これぞ和風スペクタクル(笑)!
結局のところ、作品は絶対的な正解あるいは解決を示さない。様々なあり方のうちの一つを示すだけ。その評価は、最初に生み出される滋味の部分を、鑑賞者がどう味わうかで変わってくると思う。この点において、本作は観る人を選ぶ。
主人公ユイ役は、一見そっけない口調を(専業声優にありがちな)媚を感じさせずに演じきって、好演。ひよりちゃんへの細やかな心遣いが、台詞のちょっとした部分で上手く表現できていて、実写での高評価も納得。面白いのは、全然演技になっていない河童の皆さんで、それがむしろ河童らしい味になっているのが作品の力。端役の座敷わらしが花を添えたのも、ぜひ心に留めたい。劇伴を控えめにした結果、静寂の場面が好印象。
作画はかなりあっさりしていて、最近主流の描画線の多さと比較すると、ちょっと物足りないのかも。ただし、細かい動きはきちんと拾い上げていて、アニメーションとしてはハイレベル。全く言葉を発しない(某作品のような唸り声すら出さない)少女をアニメで演技させるのは、こんなに難しいのかと思った。あと、キワばあさんの語りの部分で、作画が一気に変化するのが楽しい。
冒頭でも述べた通り、背景作画は驚異的な頑張りで、本作の印象の大半は、その出来栄えの良さに支えられていると感じた。大槌と遠野の空気の違いをあれだけしっかり描かれると、また行きたくなってしまう。
間接的とは言え、あの震災の直後を描いたという点で、本作は独特の地位を占めたと思う。以前NHKが放送した「想いのかけら」がどれだけ意欲的だったか、思わずにはいられない。そして、ノイタミナで放送された「東京マグニチュード8.0」がどれほど挑戦的だったか、改めて実感せずにはいられない。
ということを考えながらエンドロールを見ていたら、最後の製作委員会で「フジテレビジョン」がクレジットされていて、本当に驚いた。まさかこんなところで繋がるとは。それこそ何年ぶりかで家族の絆を目撃したかのようで、個人的には、本作でもっとも評価されるのは実はここなのかな、とか思っているのです。まさにヤラレタ。一本取られた。