「誰かが事実を伝えなければ世界は止まらない」ある人質 生還までの398日 pipiさんの映画レビュー(感想・評価)
誰かが事実を伝えなければ世界は止まらない
これは観なくてはならない!はやる心は映画館サービス曜日までの数日を待つ事も許さず、公開初日に高校生の息子を誘って観に行った。
2014年8月19日。米国人ジャーナリスト、ジェームス・フォーリー氏の公開斬首処刑動画が全世界に向けてアップロードされた事は、まだ記憶に生々しい。「あの日」を境にイスラム国は英米人の見せしめ処刑を始め、動画を公開し続けた。
フォーリー氏は2012年11月、シリアでの取材中、武装集団に拉致された。
当時まだイスラム国(IS)という名の組織は存在せず、彼の拘束はスパイ容疑によるものだった。のちに救出された人々の証言によると、この時点で武装集団は身代金を取る事は考えていなかったという。
やがて小規模な武装集団が乱立する中、ISが台頭してくる。2013年後半、ISは身代金の獲得に動き出した。まずスペインが交渉に応じ、次にフランス、他に少なくともカタール、オマーン、スイス、オーストリア、イタリアが非公式にだがテロ組織に金を渡し自国民を救った事が明らかになっている。(ダニエルと共に過ごす人質達が徐々に解放されていく場面で人質はスペイン人など国籍で呼ばれている。実際の各国対応を示唆していると思われる)
けれどもアメリカはこれを拒んだ。身代金はテロ組織の資金源になるからだ。イギリス、日本もアメリカの方針に準じている。フォーリー氏殺害の時点ですでに、ISが身代金で稼いでいた資金は130億円に上っていたという。
アメリカは特殊部隊による極秘作戦でフォーリー氏救出を試みたが、映画内で描かれている通り作戦は失敗する。
フォーリー氏にかけられた最終的な身代金は1億ユーロ(約148億円)。欧州各国が支払った身代金の平均額は1人2〜3億円であるから法外な数字である。家族が東奔西走しても集められる金額ではない。
実際、初期のうちならば100万ドル(約1億2千万円)でフォーリー氏を救出可能だったと語る人質解放仲介業者がいる。
映画中のデンマーク政府の対応は、そのまま米国の対応でもある。フォーリー氏の家族は身代金を支払わないよう、アメリカ国務省から脅されたという。
イスラム国は戦略を変えた。「米国人という付加価値」を政治利用する事にしたのだ。
払えるはずのない1億ユーロは交渉目的の額ではなく「アメリカは国民を見殺しにした」として米国非難を募らせるプロパガンダの為だ。フォーリー氏は「特別な日の為にとっておくワイン」となった。
その特別な日こそが2014年8月19日だ!
米軍によるイスラム国拠点空爆への報復として彼は処刑された。
アメリカへの敵意と復讐心を全世界へアピールする為に。
フォーリー氏は憎むべき米国人として、他の人質達とは異なる非人道的な扱いを受けていたようだ。
スパイ容疑時の拷問では、足を鎖で棒に繋がれたまま、天井から逆さ吊りで長時間放置された。私達は映画を通しダニエル・リュー氏が受けた苦痛と恐怖を知ることで、それを上回る暴力行為がフォーリー氏に与えられていたと推測出来る。
しかし、フォーリー氏は大変、強い意志と高潔な魂を備えた優れたジャーナリストであったそうだ。
彼は「声をあげられない無力の人々の物語を伝える使命がジャーナリズムにある」と信じていた。
リスクは承知していた。2011年にはリビアで拉致監禁され、手錠のまま裸足で脱出・逃走している。にも関わらず、彼はシリアに行った。
「誰かが事実を伝えなければ、世界は止まらない」と映画内のフォーリーは語る。
この映画の優れた点の一つは、観客の心情を偏った善悪の主張に誘導する事が一切無く、あくまでも現場のリアリズムと信憑性に徹して作られている事だ。
作品から何を受け止め、どう考えるのかは、すべて観た者1人1人に委ねられている。
息子は「テロ集団の資金を肥えさせてはならない、というアメリカの理屈もわかる。何が正しいか自分にはわからない」と言った。実際、巨額の身代金で得た武器弾薬は、より多くの一般市民達を殺害したであろう。金が取れないとわかっている国々のジャーナリストが人質として狙われにくくなったという話も聞く。
私も自分自身が「我が子を持つ母親」でさえなければ息子と同じ見解をもったであろう。しかし、理屈抜きの母の心情を理解した今は「個人の悲劇」から目を背けてはいけない事もわかる。
フォーリー氏は戦場ジャーナリストとして「国家や戦争が、人間を数字や記号としてしか扱わなくなる事」への問題提起を続けてきた。
しかし、政府は彼が伝えようとしていた事とは真逆の政策に、彼の死を利用した。
映像作家ハスケル・ウェクスラーは、オバマ発言を厳しく指摘する。
「大統領がイスラム国壊滅という軍事政策遂行の為にフォーリーの名を使うのは、彼に対する侮辱であり、多くのアメリカ人の知性に対する侮辱だ!」と。
2015年6月オバマ政権は人質返還政策の見直しを発表。これにより、家族は身代金を支払っても罪に問われなくなる。邦人ジャーナリストの後藤さんは殺害され、安田さんは救出解放された違いには、政策の変化も影響しているのであろう。
フォーリーが伝えた事実は、世界を変えたのだ。
戦場ジャーナリズムの凄まじいまでの価値の前に、自らの命ですら天秤にかけようとしない勇敢な彼らを、安易な自己責任論に当て嵌めてはならない!
2019年3月23日。米国支援を受けてIS掃討作戦を行っていたクルド人民主組織「シリア民主軍」はISの完全壊滅を宣言する。
しかし、残党は各地に潜伏し、今も再結集の機会を伺っている。
人間は記号ではない。「アメリカ人」も「日本人」も「中国人」も「IS」も「政府」も「人間の集合体を表す記号」だ。記号に対する憎悪は錯覚に過ぎない。
「ヨーロッパ人」という記号として、暴力に晒されるダニエルの姿が、その不当さを伝えてくれる。
「私達、1人1人が」「記号の内側にいる人間を、人間として見ること」を意識していかねばならない。
この映画は必ずや、ジャーナリスト達の命懸けのメッセージを受け止め、考え、行動する人々を増やす事だろう。
それが、いつか憎しみの連鎖を止める大きな力になる事を祈るばかりである。
(判定不能として星0にされている方がおられる為、現在星2.6になってますが、それを除外して計算すると星4.4でした。判定不能と書いてみても自動計算プログラムは理解してくれませんよー!
コメント不可のようですし、星修正して欲しいなー。
今後観る人数への影響は大きいと思う。1人でも多く視聴して欲しい作品なのですが。)
評価の低さについて教えていただき、ありがとうございました。
私が映画評価をする際に「食事の感想」に例えておりまして、
5.0は大好物!、4.5は好物!、4.0はうまい!といった感じなので
この映画に「好物」という評価はできませんでしたが、
「推し!」な映画であることは間違えありません。
今回は評価点の低さにちょっとだけ抵抗してみたいと思います。
度々すいません。
”公開初日に高校生の息子を誘って観に行った。”
私も時折息子と映画に行きますが(イロイロと、餌を巻きながら・・)、どうしても、お笑い系の映画になります。一番最後は「今日から俺は!!」です。
今作を息子さんと鑑賞されたのは、世界情勢を知っていただくためにも、素晴らしき事だと思います。
又、この苛烈な映画を鑑賞しようと思った息子さんも、アンテナの高い方なのでしょうね。
では、又。
再び返信不要です。