劇場公開日 2021年1月15日

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「無力だと祈ることすら無力じゃない」聖なる犯罪者 わたろーさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5無力だと祈ることすら無力じゃない

2021年1月17日
PCから投稿

 僕の好きなアーティスト「amazarashi」の『祈り』という曲に、こんな歌詞があります。

僕らは無力だと 暗闇に祈るのが 本当に無力とは信じないぜ

 この曲自体は、東日本大震災を受けて作られた曲です。電力が不足し、津波で街が流され、僕たちにできることはないだろうかと考えたって、そんな力も持ち合わせていない。でも、何かしたいという気持ちはある。それだけでも救いがあるのではないかという歌詞です。この作品も実際のところ聖職者になりすましているわけで、スマホでやり方を検索したり、自分で見様見真似にやってみたり、従来の形とは違う己を啓発するような他者を批判するような言葉を並べたりもする、それでも救われている人は確実にいる、このなりすましは善なのか悪なのかと言われれば善のようにも思えるなあ…という不思議な余韻の残る作品でした。

 「パラサイト 半地下の家族」を楽しんでみた者として、アカデミー賞を争ったこの作品にも興味を持ちました。監督の前作Netflix映画「ヘイター」は観ています。(https://eiga.com/movie/93752/review/02472561/) 前作と今作どちらもポップな露悪性を描くことに優れている監督だなと思いました。前作よりもセリフ量自体は減っているはずなんですが、光と暗闇の演出の使い分けや、カット割りのメリハリなどがすごく上手くて惹きつけられる魅力がある二作です。

 じゃあどちらのほうが好きかといえば、僕は今作のほうが好きです。もともと宗教を描く映画というのは難しいと思っています。昨年公開の作品「星の子」も評価が難しいなと感じました。(https://eiga.com/movie/92245/review/02416543/)要は、信仰は否定されるものではないという前提があるんですよ。それは自分もよくわかってて。主観と客観で視点を定めるのが難しい。どうしても。

 主人公のダニエルは、幼き頃に犯した犯罪がきっかけで少年院に収容されていて、冒頭から包丁のような剣のようなもので作業するシーンから始まり、その後いわゆる礼拝のシーンに続いていくんですけど、この動と静の使い分けから主人公がどっちに傾いているのか分からない作りになっている。いや、何かのきっかけで傾きなおす可能性もある危うさを放っている。掴みから素晴らしかったです。

 その後、仮釈放のような形になるんですが。釈放の際に「絶対に酒や薬をやるな」と念押しされるんですが、すぐにやっちゃってるんですよ。うわ~やっぱ闇の人間なんだと思ったら、信仰心だけはどうやら本物のようで。この脆さこそ本作の魅力。

 たまたま寄った礼拝堂で知り合った女性がきっかけで、偽りの聖職者として過ごしていきながら、この町が背負う悲しみを振り払う役割を担い出します。結末はネタバレになるので避けたいと思うんですけど、ダニエルは別に町が背負う悲しみ・出来事に対して別に向き合わなくても良いんですよね。言うならば部外者ですから。それでも真相を知りたいと一心不乱に行動することが、自己内省とリンクしていて興味深かったです。

 舞台となるポーランドでは、こうした聖職者を偽るという現実が当たり前のようにあるとのことです。聖職者になる高学歴な人間より言葉や人柄に親しみを覚えやすいとか理由は様々にあるらしいんですが、結局「信じる」っていうのは当人でしかわからない価値基準のもと動いていて、もう客観性なんて奪われてしまうんだろうなと思いつつ、確実にその人たちの人生は好転していくところが、言葉を選ばず言えば不義理だなあとしみじみしました。キングコング西野さんの映画チケットを複数枚買って大借金を抱えても当人にとって幸せならしょうがないよなあとか、周りはみんながやめておけという相手と結婚する人とか、"宗教"という言葉を使わなくとも"信じる"という行為自体は普遍的に危うさを抱えているんだと改めて思いました。

 主人公ダニエル演じる役者の眼力にとにかくやられます。非常にいい作品です。

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わたろー