「ほっこりとした気持ちになれる優しい作品」劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
ほっこりとした気持ちになれる優しい作品
猫を見ると無条件に愛くるしく感じるのはどうしてなのか考えたことがある。愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンのはたらきなのかもしれないが、ならば他の動物でも同じように感じてもおかしくない筈だ。しかしドーベルマンやキリンや象には、猫と同じような愛くるしさを感じることはない。アロワナという魚が動物の中で一番可愛いという人がいるくらいだから、感じ方は人それぞれだが、猫には最大公約数的な可愛さ、つまり人類の多くが可愛いと感じる何かがある。自由、気まぐれ、爪を立てるときもあればすり寄ってくるときもあったりと、既に多くの人が猫について語っている。そのこと自体が、猫が多くの人に愛されている証拠でもあるのだろう。
2008年に秋元順子が歌ってヒットした花岡優平作詞作曲の「愛のままで」という歌がある。この歌の2番に「ああ生きてる意味を求めたりしない」という歌詞がある。人間は生きている意味を求めるから不幸になるのであって、そんなものを考えたりしないことが幸せ、とまでは言わないが、少なくとも不幸ではない。いずれは死にゆく運命だが、それを嘆いたりしない。現在と過去と未来の三世を考えるのが人間で、今生きている現在しかない存在に、人は癒やされる。花は散っていくことを知らないまま美しく咲く。
猫も花と同じように歳を取れば死んでいく。あるいは猫風邪で幼くして死ぬ。すべての生命はエントロピーの増大は不可逆であるという熱力学第二法則に逆らえない。現在は生きていても、いずれは死ぬ。しかし言い方を変えれば、いずれ死ぬのだが、現在は生きていると言うことも出来る。猫はそういう存在で、しかも人間に最も近しい動物だ。生命を愛おしむ気持ちが人類に共通するとすれば、猫が可愛いのは当たり前の話なのである。
本作品は猫の自由闊達な日常を時の流れとともに見せる。岩合カメラマンの猫に対する愛情がこれでもかと伝わってくると同時に、生命とはかくも美しく時間を彩るものかと感嘆する。たしかに映像の向こうに死の影がちらちらと見える。それでも現在を生きて命を燃やす猫たちの躍動するエネルギーを見ると、どこまでもどこまでも癒やされる。ときには厳しい状況に置かれることもあるが、猫は人間と違って、境涯を嘆いたり運命を呪ったりすることはない。ただ、現在(いま)を生きる。それだけでいいのだ。
ほっこりとした気持ちになれる優しい作品だった。