「知ってるようで見た事ないピノッキオ」ギレルモ・デル・トロのピノッキオ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
知ってるようで見た事ないピノッキオ
ギレルモ・デル・トロが『ピノッキオ』を描く。
数年前に企画・製作を聞いた時から非常に気になっていた作品。だって、ぴったりの人選ではないか。
『ピノッキオ』と言うと、ディズニーアニメの印象でハートフルなファミリー・ムービーを思い浮かべるが、去年日本公開されたイタリア製の『ほんとうのピノッキオ』ではより原作の持つ風刺性やダークさも実はある。ディズニーアニメ版も教訓など込められていたが。
ダーク・ファンタジーと言えば、デル・トロ。『パンズ・ラビリンス』の無垢な少女、『シェイプ・オブ・ウォーター』の純愛などピュアな心もある。
まさに、うってつけ。デル・トロ以外だったら、ティム・バートン辺りか。
(一度でいいから、ティム・バートン×ギレルモ・デル・トロのコラボを見てみたい…)
映像化は数知れず。去年~今年にかけて本作含め3本も映画化され、『ピノッキオ』の話なんて一分で説明出来るくらい。
しかし本作は、デル・トロによる大胆翻案、新解釈などを加味。
そこら辺が重要ポイントにもなっており、知ってるようで見た事ない、新しく彫られ命を与えられたピノッキオとして生まれ変わった。
ピノッキオの誕生過程は…
木彫り名人のゼペットじいさんが喋る丸太を彫って…というのが、原作の設定。
ディズニーアニメでは、ブルー・フェアリーの魔法によって命を与えられて。
本作は新たな要素。
愛息子カルロと幸せに暮らすゼペット。息子設定が新要素。(尚、息子の名は原作者から取られているよう)
町の皆から愛されている仲睦まじい親子だったが…。時は戦時中。戦闘機の爆弾投下によって、カルロは犠牲に…。
悲しみに暮れるゼペット。息子が遺した松ぼっくりから生えた松の木から、今一度息子に会いたい為に、亡き息子に似せた木の人形を作る。
そんなゼペットの姿に心を痛めた木の精霊が、人形に命を与え…。
これまではただ“作る”だけだったが、本作ではそれに動機を与え、親子としての物語を色濃く打ち出している。
そう。これまでも擬似親子の物語ではあったが、本作はより一層、親子の物語となっている。
亡き息子を忘れられないゼペット。
そんな“パパ”の為に、カルロに変わって良き息子になろうとするピノッキオ。
一見するとハートフルな物語のようだが…
息子を亡くしたゼペットは酒に溺れ…。時々癇癪を起こしたり…。
ピノッキオの性格もより無邪気で腕白に。その口から生まれたようなお喋りさは、時々ゼペットもうんざりするほど。
これまでは本当の親子のように仲のいいゼペットとピノッキオ。
が、本作では苛立ちや本音などのリアルな感情も吐露。
ある時ピノッキオの起こした面倒により、苛立ちがピークに達したゼペット。つい口から出てしまう。
本当の息子じゃない。お前は重荷だ。…
ただ優しいだけじゃないゼペット。ただいい子だけじゃないピノッキオ。
弱さや脆さや欠点もあって。
ただのファンタジーの世界の住人ではなく、複雑な内面を持ち合わせた事により、共感や感情移入出来るキャラに。
そんな二人が試練を乗り越え、お互いを必要とし…。
ゼペットはピノッキオへの本当の愛に気付き、ピノッキオはパパの為に。
より深く彫られた親子愛の物語が胸打つ。
ピノッキオを襲う誘惑や試練。
口だけ達者な詐欺師キツネやロバの姿に変えられたり…。
本作では欲深い人形劇師。
ロバにはならないが、ファシズム派の市長により戦争へと駆り出される。
エゴの塊の大人たち。
生きている木の人形を気味悪がり、差別や偏見。
そんな社会や体制を風刺。
しかし、いつまでも抑えられ締め付けられているばかりではない。
ピノッキオと次第に友情を育んでいく弱者や子供。
人形劇師の奴隷のサル=スパッツァトゥーラは、当初は主人に忠実でずるがしこかったが、虐げられ、ピノッキオと反逆する。
当初はピノッキオが疎ましかった市長の息子。少年兵訓練の場でピノッキオと友情が芽生え、父親からの落胆と横暴に反発する。
小さな存在が何かを動かす。そのきっかけは、一握りの勇気と、不思議な木の少年…。
クライマックスはお馴染み、ピノッキオを探しに出たゼペットが、海で○○に飲み込まれ、同じくピノッキオも飲み込まれるも体内で再会し、脱出劇。
○○が鯨であったり鮫であったりするが、本作では怪物のような超巨大魚。そのグロテスクな造形が、いかにもデル・トロらしい。
クライマックスは大作も手掛けるデル・トロならではのスリルや迫力。
荒海の描写も素晴らしい。途中、本作がストップモーション・アニメである事を忘れてしまうほど。
本作、ストップモーション・アニメなのがさらに効果を上げている。
映画やアニメーションであると同時に、何処か人形劇のような演出。
ストップモーション表現により、ピノッキオの動きもユニークに。
ピノッキオの造形も特色あり。これまではもって可愛らしかったり人間に近いビジュアルだったが、本当に“木の人形”。ひょっとしたら、これまでで最も“らしい”ピノッキオかもしれない。
時々面倒起こす腕白だけど、健気でひたむき。その姿に、木の人形だろうと生身だろうと変わりない。
お馴染みコオロギのクリケットやグロテスクな巨大魚、より木の人形らしくなったピノッキオなど、ちょい不気味であったり異質なキャラ造形。死後の世界や死の精霊など、『ほんとうのピノッキオ』と通じるダーク・ファンタジー色。
風刺や死後の世界でトランプ遊びに興じるウサギなどのブラック・ユーモア。
それでいて、ディズニーアニメのようなハートフルやファミリー性もある。
アレクサンドル・デスプラの音楽やミュージカル要素。
豪華なボイス・キャスト。ケイト・ブランシェットはどのキャラの声?…と思ったら、あのサルのスパッツァトゥーラ役とは、何て贅沢!
これまでのそれぞれの『ピノッキオ』の要素や魅力を一つにしたような、唯一無二のピノッキオ。ギレルモ・デル・トロのピノッキオ。
『ピノッキオ』の映像化作品としては、ディズニーアニメと並んで印象や記憶に残る作品になっていくだろう。
星に願いを。夢は叶う事を信じさせてくれたこれまでの『ピノッキオ』だったが、本作はギレルモ・デル・トロ作品であり、親子の物語であり、もう一つ。
命の物語。
木の人形故、不老不死のピノッキオ。何度か死ぬが、その度に生き返る。
が、ある局面で迫られる。永遠の命か、一度きりの命か。ゼペットの命か、自分の命か。
限りある命や避けられぬ死があるからこそ、生きるとは時に悲しく切なく痛々しくも、尊く愛おしい。
試練や冒険を乗り越え、晴れて“家族”となったゼペットとピノッキオとクリケットとスパッツァトゥーラ。
いつまでも幸せにめでたしめでたし…ではなく、ゼペットが旅立ち、クリケットやスパッツァトゥーラも…。
一人残ったピノッキオ。切なくもあるが、彼のその後は…? 不思議な思いを馳せ、余韻を残す。
限りある命を。
ギレルモ・デル・トロはただのダーク・ファンタジー作家ではない。
ピュアなハートの持ち主である事を改めて感じさせてくれた。