劇場公開日 2020年10月16日

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「クライム・サスペンスじゃない」スパイの妻 劇場版 ipxqiさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0クライム・サスペンスじゃない

2020年10月21日
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と思います。
少なくともメインはそこじゃない。わりと平常運転の黒沢清。でも脚本がいいので見やすい。

撮影場所や衣装などNHKらしいこだわりのおかげか、ぱっと見リアルな歴史劇っぽく見えますが、根っこはずっと抽象的な内容で、ラストなんかほとんど舞台劇のよう。その乖離が、不思議な浮遊感を生んでいました。
ブレたり、ぼやけてるとかではないのに、即物的じゃなく上品、軽やか。それが好みかどうかは分かれるとしても。
でも、かろうじてノワールには分類されるのかなあ。

若い人妻の夫への葛藤が主眼で、言ってしまえば戦争も、国家機密も全部背景に過ぎない。
脚本の2人(教え子)からの逆指名で監督を引き受けただけあって、脚本がとてもよくできてると思います。
主人公の人妻・聡子のキャラクターがクラシカル過ぎて苦手、しかも蒼井優が高めのテンションで演じてるせいでかえって違和感があったりする以外は。
でも引っかかりそうな点はあらかじめ摘んであったり、ノーストレスですいすい進んでいきます。もっと低予算でも行けるんじゃないかなというくらいシナリオの完成度が高い。

さり気ない「職業婦人のよう」というセリフが心に残りました。そうだよね、今よりもずっとずっと寄る辺ないところから跳躍したんだもんね…

ラジオで監督が「あの頃の日本映画みたいな芝居」と言っただけですぐに役者たちに通じた、という部分に一番興味を引かれて鑑賞したのですが、個人的には、努力はわかるものの、やっぱり現代的な芝居に見えました。
白黒時代の抑制の効いた感じは、わかっていても再現するのはむずかしいんだろうな。

でも高橋一生の安定の力の抜け具合には、トップシーンから引き込まれました。
蒼井優は終盤ののっぴきならない事態になってからの爆発力が素晴らしく、序盤はもう少し抑え目でもよかったかもと思いました。正直、キャラクターのせいもあって、私にはちょっときつい。
高橋一生の甥っ子役の坂東龍汰はノーチェックでしたが、とてもよかった。
東出昌大はスタイル良すぎて他のキャストとの違和感がありましたが、アンドロイドみというか、人間味の薄さが役柄に合っていたように思います。

些末なことを言えば高橋一生の屋敷が豪邸過ぎて、小金持ちの貿易商というより白洲次郎クラスでは? とは思ってしまいました。
逆にそういう中途半端な歴史的建造物ほどむずかしいのかも、と思うと切ないです。

改めて「あの頃映画」の怖さを味わうために「陸軍中野学校」でも観ようかなと思いました。

久しぶりにNHK版で鑑賞したので追記。
ベネチアでどこが評価されたのかさっぱりわからないけど、やっぱり不可思議な映画だった。

たとえばもし彼らの目論みがもし成功するのかしないのか、が主眼のプロットなら普通の歴史物になるけど、決してそうはならない。
ラストで去っていく「彼」はいわば日本における特異な時代そのものの象徴、サトコにとっては熱狂の記憶の象徴みたいなものなのかなと。
取り戻せないある時代への悔恨ともつかない執着とか懐かしみみたいなものを想起させる終わり方。
あくまでサトコの心の中の風景に帰着するから、戦争も惨劇もただの書き割りに見えてしまうのかな。。
あの戦争を扱いながらこんな風に内省的でファンタジックな描き方ができるというのは、いい意味でも悪い意味でもすごく戦後の日本的な感覚のような気がして、海外で賞を取っていることも含めて、なんとも言えない居心地の悪さを感じさせます。
自国民も他国民も大勢殺した現実の出来事だし、加害者としての側面も忘れてはならないはずなのに、我々が立っている現在地、辿ってきた道筋はそうだったんだという。。

ipxqi