「女性解放はひそやかにはじまっていた」アンモナイトの目覚め 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
女性解放はひそやかにはじまっていた
映画「燃ゆる女の肖像」を鑑賞した人は、本作品の印象がとても似ていると思うだろう。当方もそう思った。いずれも海辺の寂れた場所が舞台なのでますますそう思える。どこが違うのか。その相違点に本作品の価値があると思う。
まず場所と時代が異なる。「燃ゆる~」は18世紀フランスのブルターニュ地方の孤島であり、本作品は19世紀イギリスのブリテン島南岸の町ライム・リージスである。ちなみにライム・リージスから南下したところにガーンジー島があって、映画「ガーンジー島の読書会の秘密」の舞台となった。これも女性が主人公の映画である。そしてガーンジー島の南西にブルターニュ地方がある。19世紀イギリスは産業革命によって封建主義が崩壊しようとしている時代だったと思う。シャーロットが封建主義的な夫に反発するのは、女性の精神に封建主義が根付かなくなったことの現れである。
本作品は男性監督のフランシス・リーで「燃ゆる~」は女性監督のセリーヌ・シアマである。ほとんどのシーンで監督の性別は無関係だったが、レズビアンの性描写のシーンでは男性監督と女性監督の差が出てしまった。本作品の性描写は直接的すぎてちっともレズビアンらしくない。「燃ゆる~」のセリーヌ・シアマ監督によるセックスシーンの方が数段上だった。
名女優ケイト・ウィンスレットが演じた本作品の主人公メアリー・アニングは、著名な化石収集家である。実在した人物をレズビアンだったとする作品が堂々と公開されたことにはある種の感慨がある。そういう時代になったのだ。
本作品のメアリーは、シャーロットと出会う前から自分がレズビアンであることを知っていた。その相手はフィオナ・ショウが演じたエリザベスである。登場シーンから乳を揺らしていて、なんだか妙に色っぽいおばあちゃんだと思って推測したのだが、多分間違っていないと思う。
レズビアンという秘密を押し隠して、ひたすら化石集めをして細々と生活してきたメアリーだが、シャーロットに出逢ってレズビアンの欲望が疼き出す。感情を表に出さないけれども、視線はシャーロットを追っている。そのあたりのケイト・ウィンスレットの演技が見事だ。
女であることで本を出版することが出来ず、地位も安定した生活も得られないことに甘んじているメアリーは、女性の地位向上についてのシャーロットの進んだ考えを垣間見て驚く。しかし知的な女性らしく驚きを見せないところがいい。音楽会で最後列に座るメアリーと最前列に座るシャーロットの位置が、そのまま二人の関係性となっている。
18世紀末に生まれたメアリーと19世紀生まれのシャーロット。自由な女性、解放された女性としての自分を自覚しているかのようなシャーロットだが、自分の考えに他人を当てはめてしまうのが悪い癖だ。メアリーから、あなたは私のことを何も分かっていないと言われるのも当然である。
本作品には女性解放やジェンダーフリーや封建主義的な精神からの脱却など、多くのテーマが詰め込まれている。しかしそうとは悟らせないように静かにシーンを重ねる手法が面白い。原題は「Ammonite」で邦題は「アンモナイトの目覚め」だ。久しぶりに見る優れた邦題である。19世紀のイギリス。女性解放はひそやかにはじまっていたのだ。