「神話を残酷なままに表現してみせた潔さ」水を抱く女 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
神話を残酷なままに表現してみせた潔さ
モーリス・ラヴェルの「夜のガスパール」の第一曲「オンディーヌ」は、ピアノリサイタルで聞いたことがある。小雨が降り注ぐように細かく鍵盤を叩く曲で、「ボレロ」の作曲家の曲とは思えないほど、全体的に暗めの印象を受けた。
本作品のヒロインであるパウラ・ベーア演じるウンディーネは、その暗いピアノ曲に似合う陰気な雰囲気を持っている。映画全体の雰囲気を彼女がリードしていたように思う。ベルリンの歴史ガイドが仕事という設定もいい。ベルリンは分断から壁の崩壊までの間、東西それぞれの人々にどのような影響を与えたのか、再びひとつになったベルリンはどのように再建されてきたのか、思い入れを一般の意見のようにして説明する。
私生活ではずっと付き合ってきた男ヨハネスが二股をかけていたことを知り心を取り乱すが、クリストフとの偶然の出逢いが彼女の運命を変えていく。それは女としての彼女の幸福の兆しではあったが、同時に神話のオンディーヌとしての宿命的な不幸のはじまりでもあった。つまり本作品はファンタジー映画なのである。
ファンタジー映画というとハリー・ポッターやディズニー映画を思い浮かべる人が多いと思うが、本作品は同じファンタジー映画のジャンルに入るにしても、それらの作品とは一線を画していると思う。
相手役を演じたフランツ・ロゴフスキは2年前に日本公開された映画「希望の灯り」では優しくて思いやりのある主人公を好演していて、本作品でも同じように優しい潜水夫クリストフを演じて、ヒロインを受け止めるだけの器量を見せていた。本作品はクリストフの優しさに救われているところがある。
柳田國男の「遠野物語」には多くの神話や伝承が紹介されているが、得てして容赦のない残酷な物語である。それは人類の歴史が残酷な物語であったことと無関係ではない。本作品の元になった神話も、例に洩れず残酷なものだ。それを変に脚色せず、残酷なままに表現してみせた潔さは見事だと思う。