「怒りの矛先は本当に合ってる?」マトリックス レザレクションズ シューテツさんの映画レビュー(感想・評価)
怒りの矛先は本当に合ってる?
私は、今まで観て来たシリーズ映画に対しては観たいというよりも惰性で観てしまうという癖があり、本作も期待してというより(おおよその見当はついているのだけど)どの様に新作として仕上げたのだうと言う興味だけで鑑賞しました。
一般評価はかなり低評価が多い様ですが、私は大体の予想通りだったので特別な思いもなく暇潰し程度には楽しみました。
一口に映画ファンといっても色々な人がいて、自分で言うのもなんですが、私はどんな映画を観ても作品自体をあまり貶さないタイプの人間だと自分では思っていますので、ネット時代となり様々な一般人の映画レビューを読んで、よくもこれだけ貶せるものだと驚き且つ感心したりしています。
私だって、つまらないとか、下らないとか、苦手とか、微妙とか、意味不明とか、鑑賞する作品全てに満足している訳ないし、失敗したと思う作品に遭遇する事もありますが、それでもその作品に対して貶したくなるほどの怒りなどの感情は起きないです。
(殆どないが)自分に合わない作品を観て、少し時間を無駄にしたかなという位の後悔は残っても、映画に限らずネットなどで見受ける数多くの怒りや憎しみなどが滲み出ている書き込みを見るにつけ、世間と自分の怒りに対する方向性がまるで違う事に脅かされます。
例えば、競馬とかパチンコとかのギャンブルで負けてそんなに怒りが湧くものですかね。更にその怒りって本来は自分自身に対して怒りである筈ですよね。
例えば、自分が投票した政治家が不正や不祥事を起こして怒りまくっている人ってのはどうなんでしょうね?
映画でも、それを観ようと選んだ自分に対しての怒りはないのでしょうかね?
上記は代表例ですが、逆の見方をすれば選択しているのは全て自分の筈なんですけどね。だから結果がダメだった場合の責任の半分はいつも自分自身にある筈なのに、怒りの全てを対象物に対してだけに向けるのは、どう考えてもフェアではないでしょう。
なので、私は結果がダメだった場合も対象物だけを貶すって事は基本的に出来ないのですよ。
映画ならそれも笑い話で済みますが、上記した政治や生活の話になると笑い話では済みませんよ。
だから、ネットで様々な事に対して怒りをまき散らしている人を見るのにつけ、自分の行動や言動に対してもっと自分自身を見つめ直す癖をつけないと怖いですよ。
作品に戻って言うと、第一作目の『マトリックス』という作品が、その後の娯楽SF映画に与えた影響力は大きく、間違いなくSF映画のエポック作品であり、マーベルやDC映画は言うに及ばず、殆どの作品は何らかの影響を受けていて、例えば近作の『フリー・ガイ』などはその発展形の良作であり、本作は一部のマニア向けの凡作というだけの話であり、企画の段階で目利きならそれは完全に予測できることであり、今更それを怒ってどうなるものでもないでしょう。
但し、第一作目から時代が大きく変わり、今の時代に於いてのこの作品には確たる敵役が不在であることが観客の一番の不満であったように思えるのだが、上記した事を考えると、現在社会での一番大きな問題もひょっとしたらその辺りにあるのかも知れませんね。そこまで考えて作っていたのなら、これはある意味で凄い作品だと思います。