「充実の傑作」オフィシャル・シークレット しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
充実の傑作
911後、世界はイラク戦争に向かいつつあった。
主人公キャサリンはイギリスの諜報機関GCHQで働いている。ある日、彼女は上司から、国連の非常任理事国の理事たちを監視する指示のメールを受け取る。それは、イラクへの軍事制裁を正当化する国連安保理決議に際して、彼らの弱みを握って脅迫するためであり、その依頼元はアメリカの諜報機関NSAだった。
戦争を始めるために、国連での票を操作する。そのために違法な捜査をする。
それが許せなかったキャサリンは、このことをリークし、結果、彼女は政府から告訴されてしまう。
ストーリーの軸は、やはり主人公キャサリン。
だが、彼女からのリークを記事にしようとする新聞記者たち、彼女を支援する弁護士チームなど、意外とキャサリンが登場しないシーンが多い。
記者や弁護士などの登場人物も魅力的で、彼らのサイドストーリーも見せる(ラストシーンは主人公ではなく弁護士であることに注意)。
このことが、この作品を充実したものにしている。
キャサリンの夫ヤシャルとの夫婦の関係もしっかり描かれていて、見どころのひとつ。
ヤシャルはサダム・フセインに迫害されているトルコ系クルド人の移民。彼の亡命申請は受理されておらず、彼は不安定な立場でイギリスに滞在している。
移民と結婚していることが、キャサリンの行いに対する周囲の偏見を生むし、キャサリンの行いが、移民である彼の立場を危うくもする(彼の強制送還を巡るエピソードは切れ味もよく、優れたサスペンスだ)。
夫婦の絆に加えて、こうした複雑な事情があることもまた、本作に厚みを与えている。
つまり本作は、夫婦の愛を描き、ジャーナリストものであり、法廷劇もある。そして、どの要素にも、国家権力と闘う恐怖や不正に負けない人たちの尊厳が描かれていて胸を打つのだ。
印象に残っているシーンがある。
キャサリンの同僚が、自首した後の彼女を訪ねてきたシーン。
同僚はキャサリンに詫びるが、キャサリンはこう言う。
「謝らないで。悪いことは何もしてないでしょう」
同僚はこう言う。
「でも、私たちは正しいこともしなかった」
本作の題材は、決して多くの人にとって身近なものではないだろう。だが、不正や過ちに対して、「正しいこと」をせず、黙って見ていてしまうことは誰にでもあるはずだ。
声を上げることは難しいし、勇気がいる。そのことが分かっているなら、本作のメッセージは心に届くはずだ。
ストーリー運びのテンポもよく、まったく飽きさせない。
キャサリン演じるキーラ・ナイトレイも素晴らしい。スーパーウーマンではない、「普通の人」が、自分の良心を信じて行動する強さと弱さの振れ幅を見事に演じている。
傑作です。