劇場公開日 2020年3月6日

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「私を見てほしい。でも、私を真っ直ぐ見ないで」ナンシー 岡田寛司(映画.com編集部)さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0私を見てほしい。でも、私を真っ直ぐ見ないで

2020年8月18日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

悲しい

怖い

鑑賞前に、一度予告編を見てください。「サイコスリラーの最高傑作」「アンドレア・ライズボロー 怪演で魅せる」という文句に続き、不穏を煽るBGM、そして、かすれて震えるタイトル……恐怖で背筋が凍っちゃう系か、と感じちゃいません? それ、良い意味で裏切られますよ。サンダンス映画祭脚本賞受賞は伊達じゃない。めちゃくちゃ繊細なドラマでした。

大筋はこんな感じ。人付き合いが苦手な女性ナンシーが、5歳で行方不明になった娘を捜し続けている夫婦の存在を知る。彼女は、その娘の30年後の似顔絵が自分と瓜二つなことに気づいてしまい……。ナンシーと夫婦が接触しないことには話が進みませんから、それは勿論想定内。ただ、予告編のテイストから「娘に成りすまして、悲劇が…」と夢想してしまったんですが、各登場人物が「綱渡り」をしているかのようなセンシティブな展開になっていきます。

ナンシーの設定は「嘘をつくことでしかコミュニケーションをとれない」というもの。字面だけ見るとちょっとヤバイ人に見えますが、「100%共感できない」というものではないはずです。ナンシーの行動原理は「嘘で遊んでいる」わけではなく、「嘘をきっかけに、私を見て」というもので後先を考えないものが多い。「休暇は某国に行った」という嘘のつき方は無理がありますし、「妊娠」に関する嘘も“ハリボテ感”が否めない。

クリスティーナ・チョー監督の素敵なところは、それらの“嘘”の行方を現在軸で処理していくところ。決して回想を混ぜ込み、「これは確実に嘘である」なんて野暮なことはしないんです。ナンシーに鉄槌を下すこともなく「真実かもしれない」という余白を残す。その余白は、鑑賞者にも作用します。だからこそ、“嘘”が確定した時には、言い知れぬ悲しみを体感することになるんです。

ナンシーの願望「私を見て」にも通じることですが、本作は「視線のドラマ」でもあります。自分を見てほしいはずのナンシーですが、劇中には、その視線に耐え切れないという場面もちらほら。それもそのはず。ナンシーの嘘は後先を考えないパターンが多いので、それを信じ込んでしまった者(あるいは、信じると決意した者)の「真っ直ぐな視線」をしっかりと受け止める術を持っていない。つまり「私を見てほしい。でも、私を真っ直ぐ見ないで」という感覚。「怖そう…」という思いから視聴の機会を逸したら損ですよ。

余談:アンドレア・ライズボローの怪演という推しは確かに正解。でも、それを受け止めてみせるのが、怪優スティーブ・ブシェーミなんですよね。本作ではテンション控えめ。しっとりとした芝居を披露してくれています。

岡田寛司(映画.com編集部)