劇場公開日 2020年12月25日

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「令和風味付け」ジョゼと虎と魚たち(2020・アニメ版) スイゴウたんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5令和風味付け

2020年12月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

昭和世代からの視点です。

原作小説の「心地よいところ」を凝縮した演出。それはとても上質で肌触りのいい仕上がりで、いかにも令和的。でも、アニメ版が捨て去った必ずしも肌触りのよくないところ…感情の澱、性愛、そのほか…が原作の魅力だったことも、改めて感じることができる、興味深い作品。おじさん視点だと、もっと苦味が欲しいところですが、今の若い方々には、これくらいの苦味でないと、それを感じる前に逃げられてしまいそう。その匙加減は、好みの差はあれどさすがだと感じる。

ジョゼは図書館で2回朗読を披露する。どちらも決して上手ではないけれど、伝えたい人、伝えたい事の大切さを知った後では、子供たちはちゃんと朗読についてきてくれる。一本調子の中で微秒なニュアンスの違いを巧みに表現した声優の熱演もあって、本作を代表する名場面だと思う。絵本の図柄も、一皮むけた感じになっていて、ジョゼの成長ぶりがよくわかる。
一方で、恒夫に「健常者には分からん」と言い放つジョゼが、その恒夫が(自分のせいで)障害者になってしまうかもしれない時に、先の台詞に相対する言葉を紡がないのは、ちょっと片手落ち。ジョゼは恒夫にどこまで自分のことを知って欲しかったのか、作品の鍵となる部分だと思う。
物語は暗転、挫折、そして救済と、ある意味お約束の展開が続く。そこで、恒夫の強さ、そしてそれを信じるジョゼの強さが自然と滲み出るのが、心地よかった。途中で舞の絡み方がうまい。

アニメなので地理は現実通りである必要はないけれど、ジョゼの家(あの川沿いなら、大阪でも指折りの高級住宅街)の所在地が天下茶屋の阪堺線側(大阪を代表する下世話な下町の一つ)というのは、流石に笑ってしまった。全体的に大阪の街並みがあまりにも綺麗すぎて、関西人としては寂しい。一般にアニメ作品は、新宿と池袋の違いなど東京近郊の微妙な空気感にはやたらこだわるけど、大阪と須磨(神戸)、あるいは難波と梅田、といった東京以外の場所における空気感の違いには全く無頓着。本作もこの点は他の作品と変わらない。
普段より少しアダルトに寄せた飯塚晴子のキャラデザインは、作品の明るさに大きく貢献。顔芸がほとんどなかったのも良い。キャラのお芝居も好調だったけど、大阪っぽい「型」がもう少しあっても良かったかも。関西人は笑ってもらってナンボという行動原理は、本来シリアスな作品だからこそ重要でしょう。
全体を通して、BGMに頼りすぎた雰囲気描写が辛かった。お話そのものに力があるのだから、作画もしくは声の演技だけで、十分意図するところは伝わるはず。音楽そのものは悪くないけど、それがかかる場面は、今の半分以下で良かったと思う。大阪の街は音楽よりも人の喧騒に満ちているのです。

結局、昭和の物語は、そのままでは令和では受け入れ難い。それが良い悪いではなく、一つの作品の主題を、異なる時代、異なる手法で、どのように表現するのかに挑戦したことは、素晴らしいと感じる。今まさにジョゼや恒夫と同じ世代を生きる方々が、本作で楽しい時間を過ごせたなら、まずは成功だと思うのです。

スイゴウたん
おとらさんのコメント
2023年1月26日

舞台の描写ってすごく重要ですよね!
登場人物や物語への感情移入が深まっていくから。

おとら
映画マンさんのコメント
2020年12月29日

素晴らしいレビューです。
私も関西住みの大学生なので、描かれている大阪の街に少し違和感を感じていましたが、あなたのレビューを読み、腑に落ちました。
アニメでは街が美化されすぎているということです。それは時にはメリットともなりますが、リアリティや人情味が薄れてしまう原因ともなってしまうということですね。
大阪の街というよりも、東京を見ているようでした。
大変参考になりました。

映画マン