「沖田監督らしい「間」が描かれます。」子供はわかってあげない 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
沖田監督らしい「間」が描かれます。
冒頭、カメラは主人公の少女・美波(上白石萌歌)にぴったりと寄り添います。真夏 のプールで泳ぐ姿を主観映像や水中撮影で描くのです。
その元気に溢れた描写から、今は暑いだけにしか思えない夏であっても、子供の頃はあんなふうに何をするにも気持ち良かったのだという、忘れていた感覚が、少女の肉体を通してありありとよみがえってきました。学校の階段を一段飛ばしで駆け上がる姿を延々と見せること。プールの水の中の心地よさの感覚。こんな軽々とした体からはじけ出る若い力をまず見せつけてくれたのです。
田島列島の同名漫画を「横道世之介」の沖田修一監督が映画化したのが本作です。夏休みの少女の成長を描いた、輝くような青春映画でした。
美波は高校2年。アニメおたくで水泳部所属。好きなアニメを父親と見て一緒にエン ディングテーマを歌い踊るほど家族とは仲がいいが、実は幼いころ離婚して家を出た実 父(豊川悦司)がいたのです。
あるとき、部活もクラスも違う書道部の門司くん(細田佳央太)が自分と同じアニメのファンと知り意気投合。彼の家を訪ねると、幼い頃に家を出て顔も行方も分からない父の手がかりを見つけます。美波は門司くんの兄(千葉雄大)が探偵だと聞き、実父捜しを依頼します。
見つかった実父は新興宗教の教祖で今は海辺の町にいると調査の報告を受けます。実の父の居場所を突き止めた美波は、意を決して家族には内緒で、夏休みに実父に会いに行くことに。
いつまでも帰って来ない彼女を心配し、門司くんがその跡を追います。
若者たちに寄り添う前半。沖田監督は珍しく長回しの移動撮影を多用し、テンポよく物語を進めてくれました。
美波が実父に会う後半からは、沖田監督らしい「間」が描かれます。例えばテーブルを挟んで向き合う実父と美波。彼らを左右対称に真横から捉えた構図が何度も出てくるのです。人間関係の距離感が、2人の実際の距離を強調した構図で表現されました。しかし、お互いの気持ちが通じていくにつれ、距離は同じでも、2人の間にある空気はだんだんと優しく、温かくなっていくように見えてきたのです。
構図だけではありません。カットとカットの間。セリフの間。それらを積み重ねてオフビートなリズムを作ることで、微妙な感情を描き、ユーモラスな雰囲気を醸し出すこと。森田芳光監督の影響もありますが、雰囲気はより柔らかく、沖田監督独特の間になっていました。さらに「岩合光昭の世界ネコ歩き」サントラのタッチによく似た牛尾憲輔による劇伴がよく沖田監督の作品世界とマッチしていました。
放課後の喧噪。プールの匂りゆるく流れる時間。一見、普通の高校生の爽やかな夏の恋の物語に見えてしまう本作。けれでも美波の周りには、生き別れた父、怪しげな宗教、見た目は女性の門司の兄など、ややこしそうな事情が散りばめられていたのです。
美波はそんな周りの人とくだらない会話で屈託のない笑顔を見せる一方、大人たちの事情を察し、距離をはかりながら接していると見て取れました。
母(斉藤由貴)や血のつながらない父(古舘寛治)、門司の兄ら各登場人物からも、何気ない場面で、言葉にはしない心の奥やそれぞれのドラマから伝わってきました。
海辺のシーンでは、青い空や海に美波の焼けた肌の色が映えます。子供らしくはしゃぐ彼女の明るさがまぶしいかったです。そしてラスト。学校の屋上で、美波と門司くんが正座して向き合うのです。緊張すると笑い出してしまう美波は、笑いながら涙を流して門司くんに気持ちを打ち明けます。奇妙に見えて、しかし真っすぐな少女の気持ちを、上白石が実に見事に表現していました。そんな2人をカメラは向き合う真横から映す映像が印象的でした。2人の醸し出す「間」の凛とした美しさに深く胸を打たれたのでした。
人生、実はいろいろあるものです。それを知らないわけじゃない2人のラストシーンがまぶしすぎました。
追伸
水泳部の監督の語尾に強調する『なっ!』と同調を求める口調が、頭からこびりつきました。水泳部員たちも監督の口癖が病み付きになったのか、次第に部員の合い言葉に。美波が絶妙のタイミングで繰り出す『なっ!』には吹き出しました(^^)あれって茨城訛りなのでしょうか?(公開日:2021年8月20日)