「予想よりだいぶ良かった」私の知らないわたしの素顔 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
予想よりだいぶ良かった
人は恋愛感情によって「前頭葉」の機能が低下するという学説がある。
アドレナリンやドーパミンが増加し、セロトニンは不足する。テンションが上がり、不安感は増す。これを全体的に平たく言えば、要するに恋に落ちると「判断力」が大幅に低下する状況に陥るという事だ。それらの「作用」により感情はめらめらと燃え上がり、恋愛成就率は爆上がりになる。つまりそうやって生殖活動が盛んになるわけで、人類が生き長らえる上で非常に重要な機能だと言えるかも知れない。
そういった話を踏まえて本作を観ると、ある意味とても納得したりもする。内容的には凄まじいサスペンスとかでもないしSNSにまつわる「ありがちな話」とも言えるのだが、この映画自体は極端な例だとしても、結局はいい歳した常識ある大人だっていとも簡単にバカな事をしてしまうのだ、という「愚かさ」として観ればなかなか味わい深い作品と言えるのではないだろうか。こういった話を他人事として笑うのは簡単だが、脳内物質が出まくっている本人にそんな判断力があるかどうかは(年齢に関係なく)大いに疑わしい。逆に言えば、冷静に合理的な判断を出来る人は「それほど本気ではない」と言い換える事が出来るかも知れない。また冷静に合理的な意見を言えるのもあくまで「他人事」だからであり、さらに言えば大人がまともな意見を言ってるように見えるのも、要は当事者である事が(年齢的に)少ないからだとも言えるのではないだろうか。他人の恋愛話を聞いていて「何をバカな事やってんだよ」と思った事は一度や二度ではないが、それでも本人達はいたって「真剣」なのだ。対する自分がさほど真剣でないのはしょせん他人事に過ぎないからであり、つまり自分はもう「現役」ではないということを証明しているとも言えるような気がする。だからもし自分がいま当事者になってみれば、ビックリするくらい訳の分からない事を言い出したり突っ走ったりする可能性もあるかも知れない。もちろんそれを試す機会など今さらないが(笑)
さて物語は後半から一気に入り乱れる怒涛の展開、最後は退院が決まって安定したかと思いきや静かに電話をかけ始める異様に怖いラスト。この着地はなかなか良かったと思う。中年女性の壊れた心、不安定さと執着心を見事に表現しており、色んな今後を想像させるイヤミスな終わり方で実に素晴らしい。夢オチの是非などはあるかも知れないが、これはこれで良かったんじゃないだろうか。
主人公クレールとカトリーヌ医師との関係性も良かったしアレックスの雰囲気も良かった。強いて言えば、ジュリエット・ビノシュがやっぱり美し過ぎて、冴えない中年女性というにはさすがに無理があって少しリアリティに欠けてしまったかなという点だろうか。
とは言え、いかにもフランス映画らしいほろ苦さに新しい時代感覚と人間的な怖さがほど良くブレンドされた良作だったと個人的には高く評価したい。