劇場公開日 2022年2月25日

「交錯する愛情が招く悲劇」ナイル殺人事件 kazzさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5交錯する愛情が招く悲劇

2022年3月30日
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鑑賞方法:映画館

原作小説の邦題は「ナイルに死す」なのに、わざわざ'78年のジョン・ギラーミン監督作と同じ邦題にしなくても良かったのではないだろうか。これでは、アガサ・クリスティの小説の映画化というより、'78年版のリメイクだという印象を持ってしまう。
ケネス・ブラナーはポアロ映画の続投に意欲的らしいので、過去のシリーズを踏襲するなら次作は「地中海殺人事件」(原作の邦題=白昼の悪魔)になるのだろうか…

本作は、登場人物が原作からかなりアレンジされていて、一本の映画に落とし込むための整理ができている。
特に、黒人の歌手とマネージャーであるその姪を登場させたことの効果が高いと思う。金持ち主人と侍女の関係や、有色人種差別などの時代性を示しておいて、白人と黒人の恋愛や女性どうしの同棲というエピソードを織り込むことで、現代でも違和感を抱く人たちに対して時代錯誤であることを訴えているようだ。

冒頭、ポアロの従軍時代が写し出され、そこには当時の恋人が登場する。
原作小説でポアロの恋の話があったかどうかは知らないが、少なくとも「ナイルに死す」の小説にはこの件はなかったはずなので、映画オリジナルのエピソードだと思う。
前作でもイントロで過去のポアロの活躍を見せていた。本編に関係のないエピソードを開巻において人間ポアロを炙り出す、監督ケネス・ブラナーと脚本マイケル・グリーンのコンセプトなのかもしれない。
劇中、ポアロが恋人の話を少しだけする場面がある。愛憎劇の様相を呈する本作にあって、ポアロはロマンスが理解できる人間として描かれている。

前作に続いて、映像美は見事だ。ロケーション(一部はCG合成だろう)による風景・背景、客船の装飾や女優たちの衣装は、豪華で艶やかで、壮観だ。

本編の序盤、ジャクリーン(エマ・マッキー)とサイモン(アーミー・ハマー)のダンスのシーンがなんともエロティックで、迫力がある。続いてサイモンはリネット(ガル・ガドット)とも踊り、これも妖艶なのだが、エマ・マッキーの情念にみなぎった表情と動きが印象的で、この後の恋路のもつれを予告するに充分だ。

この物語は、人間が他人の愛憎ゴシップに興味をもつ心理が事件の撹乱に用いられていて、自分への愛情を図らずも利用してしまった人間の悲劇が描かれている。
大抵の名探偵は犯人を突き止め犯行のトリックを暴くが、悲劇は止められない。傲慢で自信家のポアロもまた、防げなかった死に無力感を抱いただろう。
その一方で、密室で自分が事実を暴露した関係者たちが、事件前とは異なる人生観を持って船を降りる姿に満足げなのもポアロなのだ。

kazz