劇場公開日 2020年12月11日

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「擦れっ枯らしの中年の心にも響く青春映画」Away 青太さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0擦れっ枯らしの中年の心にも響く青春映画

2021年1月17日
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 見知らぬ島にパラシュートで不時着した少年が、わけも分からぬまま謎の黒い巨人に追いかけられる。隠れる場所を見つけたものの、巨人はずっと自分を見張っている。不安と恐怖に押し込められて、このまま年老いて死んでいくのか。自由を求め、少年は小さな仲間とともにバイクで逃げる決意をする。果たして少年は、謎の巨人を振り切れるのかー。

 世界は不条理である。私たちは突然そこにポンと放り出される。恐怖や絶望や倦怠が常に付き纏う。そしてやがて、もしくは突然、死ぬ。その後のことは誰にも分からない。なんて理不尽。「花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ」。劇中ある動物が突然死ぬシーンではそんな言葉も思い出しました。

「もともと無理やり連れ出された世界なんだ、
生きてなやみのほか得るところ何があったか?
今は、何のために来り住みそして去るのやら
わかりもしないで、しぶしぶ世を去るのだ!」

(『ルバイヤート』オマル・ハイヤーム 小川亮作訳 岩波文庫)

 しかし。それが全てではないはずだ。勇気を持って世界を旅してみれば、そして仲間がいれば、残酷な世界がとびっきり美しい姿を見せることもある。人生は生きるにたるものになり得る。自分の限界を知らないがゆえの、圧倒的に巨大な力への抵抗。そしてそれが生み落とす奇跡。それこそが「青春」と呼ばれるものの、美しさの一つだと思います。(ハイヤームは老境で、酒と酒姫にのみそれを見出だしましたが、それはまた別の話。)

 『Away』は、セリフ無しの80分ほどのアニメーションで、そんな普遍的な、そして青春ド真ん中のテーマを描いています。閉じこもってちゃダメだよ、外へ出よう。遠くへ。そう穏やかに、且つ力強く語りかけます。

 今作での「ここから抜け出すための道具」はバイクです。少年とバイク。この映画の魅力は何と言ってもこれでしょう。巨人から逃れるために少年がバイクで駆け抜ける、というのがとても良い。巨人とバイク。どちらにも死の影がチラつき、そこに緊張感が生まれます。監督は『モーターサイクル・ダイアリーズ』や『激突!』などからの影響を挙げています。僕はブルース・スプリングスティーンの“born to run”を思い出しました(尾崎豊も)。

 We gonna get out while we are young.

 若い間にここから抜けだすんだ。スーサイド・マシーンにまたがって ー そんな焦燥感を、そして追い詰められる恐怖感を、しかし淡々と、ゆったりと描いているのもまた、この映画の面白いところです。わかりやすい感情的な演出は基本的にありません。昨今の日本の多くの作品ではこうはいかない。なぜか皆、叫び声や金切り声を上げるのです。直接的な分かりやすい「エモーショナルな」表現だけが、人の感情に訴えかける手段だと言わんばかりに。閉口します。(もちろん、そういった表現が必然性を持つものもあるし、好きなものも沢山あるのですが。)この少年のように、少しは口を閉じよ、と言いたくもなります。この映画の唯一とも言える笑顔のシーンは、やはり印象に残ります。

 確かに、全編セリフがなく(アートアニメーションでは至って普通ですが)、少年の見開いた目の表情が何度も繰り返し出てくるなど、単調で眠くなる側面もあります。また、アニメーション映画というよりもむしろ、例えばゼルダの伝説のようなオープンワールドゲームを観ているようでもあり、キャラクター(主に動物)の造形や動き、のっぺりとしたテクスチャーなど、映画館のスクリーンで観続けるのはちょっとシンドイな…と感じる瞬間があったのも事実です。しかしながら、個人製作ということで、監督としては当然それも折り込み済みだと思います。恐らくこの人は、もっともっと先を見ているはずです。

 ゆっくりと着実に追いかけてくる巨人は、進撃のそれや新感染半島などの高速ゾンビとは違ったクラシカルな趣きがあります(進撃も高速ゾンビも僕は大好きです)。もちろん、宮崎アニメからの影響も大きいでしょう。焦点の当たる人物の背後の遠景が常に意識され、いつ巨人があらわれるのか分からない緊張感を醸し出す演出も効果的。風景や音楽、効果音も良かったと思います。

 しかし、やはりラストのクライマックスシーンで一気にテンションが爆上がりします。下り坂を疾走するバイク。一難去ってまた一難、いや、二難。前虎後狼。世界は不条理すぎる。でも…負けるな!行け!飛べ!・・・つい拳を握りしめ、心の中で叫んでしまいます。向こう見ずな飛躍。これこそ、青春映画の醍醐味だと思います。

 監督は22歳でこの作品に着手し、3年がかりで音楽も含めてほぼ一人で作り上げたとのこと。大変な情熱、そして才能だと思います。様々な先行作品からの影響の消化の仕方にも、非凡なセンスを感じます。既に次作の製作にも入っていて、今度はチームでの作成のようです。間違いなくアニメーションとしてのクオリティは上がるでしょう。楽しみに待ちたいと思います。

青太