「恥の文化」帰郷 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
恥の文化
人は誰もただ一人旅に出て 人は誰も故郷を振り返る ちょっぴり寂しくて振り返っても そこにはただ風が吹いているだけ 人は誰も人生に躓いて 人は誰も夢破れ振り返る
これは半世紀前にヒットしたフォークソングの名曲「風」の歌詞です。
己の死期を悟り30年ぶりに一人帰って来た、仲代達矢扮する本作主人公・無宿渡世人の宇之吉を迎えた故郷では、決して温和で快い風は吹かず、凛冽に身を打つ木枯しが吹き荒んでいたかのようです。
本作は、CSの時代劇専門チャンネルが、藤沢周平原作の時代小説短編を、8K撮影で映画化した作品、いわゆるテレビムービーであり、劇場での期間限定上映にて観賞しました。
昨年、夭折から50年を経た名優・市川雷蔵の、無宿渡世人を描いた晩年の傑作『ひとり狼』(1968年)は、精力、胆力が充実し、気力、体力にやや翳りが見える壮年期の渡世人の、厳しく己を律する毅然とした生き様を描いたのに対し、本作は暗鬱で寂寞感に満ちた老境の身の畳み方・仕舞い様を、己の身も思うようにならない悲哀を漂わせて描いています。
宇之吉の人生の去り際、死に際の滔々たる潔さは、今村昌平監督の名作『楢山節考』(1983年)の、おりん婆に相通ずる、日本人の根底に流れる“恥”の信条・美学の具象化と捉えられます。
孤独からの素朴な望郷の思いによる帰郷には、恥を滌除してくれる贖罪の舞台が整えられ、物語はノスタルジーと肉親の情愛を絡めながら、それでも淡々と佳境に進みます。
時代劇に手馴れた杉田成道監督は、時代劇らしいぼんやりとした灯りの室内の静けさの中、台詞ではなく役者の所作・表情で重く深い情感を漂わせます。
元来がTV放映を前提とした映像作品なので、寄せのやや仰角気味のカットが多く、また老境の渡世人ゆえに立会いやアクションが少なく、主に家内や居酒屋内という屋内での動きの少ないシーンが多く展開する、退屈になりかねない処を、現存する唯一の文化勲章受章俳優・仲代達矢の重厚な存在感がスクリーンを圧倒し、観客を惹きつけます。
台詞が少ないゆえに美術・装飾と照明の役割は重く、本作では家屋の造作と設えが、鄙びてうら侘びれた倹しい暮らしぶりを犇々と伝え、“黒”が引き立った照明が一層、当時の生活感を引き立てていました。
ここでも美術監督の倉田智子氏の腕の冴えを実感しますし、照明の奥田祥平氏に加え撮影の江原祥二氏等の熟練の京都スタッフの技術の粋を堪能しました。
冒頭とエンディングに現れる、宇之吉の故郷・木曽福島を覆い包んで聳え立つ木曽御嶽山。その悠々たる雄姿は、所詮は短く儚い人の生を受け留め、全てを恕し包容するかのようで、人の世の無常と自然の悠久の神々しさを象徴しているように思えます。