「俺は逃げない。だから、真希も逃げんな。」光を追いかけて 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
俺は逃げない。だから、真希も逃げんな。
いやあ侮ってました。なんですか、この子供たちの瑞々しさは。時にハッとさせられる驚きは。そして、秋田が嫌いと秋田が好きがぐるぐるとこんがらがっている、地元愛は。
スレたりグレたりするほど熱いものを持っているわけでもなく、ただ惰性のように親と一緒に秋田にやってきた彰。同年代とは話も合わずに孤立している真希。ふたりは惹かれ合った、というよりは、共鳴か。
ファンタジー要素もありながら、その正体をスクリーンで見せない巧妙さ。観客は、真希たちの視線の先を信じるしかない。本当か?という疑問は、大人たちも同様に見ていることでようやく納得する。
そこで思う。観客である俺たち(つまり世間一般の大人たち)は、何人の子供が言っても信じることができないことも、複数の大人がそれは事実だと言えばすぐに認めてしまっていないか?と。それは、日常でもそうじゃないか?と。真希は、そんな大人たちや、同じようにクラスメートたちに、失望したのか自ら敬遠したのか離れてしまったのだなあ。クラスメートとの確執の元は、親の負債がらみの世間の冷たさも起因してるだろう。子供はけっこう残酷だから。それに拍車をかけて、歌を歌わなくなった両親を見、おざなりに接してくる担任教師や容赦なく取り立てる債権者たちを見、そんな大人たちに囲まれた生活に息苦しくなり、すこしでも澄んだ空気を吸うかのように、屋根に上っているのかなあ。そういう下世話なフィルターなしで自分を見てくれる彰に心許すのは、当然だわな。
そして改めて子供たちの演技。やっかみがいる。ひねくれもいる。ちょっとのズルや怠けさえも許さない潔癖(ポカリの子だね)もいる。どうでもよく流されやすいのもいる。むしろそのほうが大勢だ。そいつらが、空中分解して飛び散ってしまうかと思えたそいつらが、一つのことをきっかけに、まるで突風が全部巻き込んで勢力を増して一気に何かに向かうような、そんな一体感を見せつけてきた。なのより、そいつら、いや、彼らの表情の真剣で柔らかで清らかなことったらなかった。まいった。窓の外を見るひとりひとりの顔が、キラキラしたいい顔をしていた。
でも、どのいいシーンよりも一番ハッと驚かされたのは、急に真希が歌いだしたとこ。ポロっと涙が出ましたよ。追いかける光は、べたに言えば君たちの未来。ぼやけているのものを真実にするのは、君たち次第。