「よく言えば骨太、悪く言えば雑多」WASP ネットワーク andhyphenさんの映画レビュー(感想・評価)
よく言えば骨太、悪く言えば雑多
東京国際映画祭にて。
オリヴィエ・アサイヤスの最新作(のはず)。第76回ヴェネツィア国際映画祭コンペディション部門選出。
実話に基づいているが、かなり分かりにくい複雑な構造をしていて、話を知っているかどうかで大分見方が変わる。
2人のキューバ人男性がアメリカに亡命し、キューバ体制反対派の団体で活動を始める。ここではふたりは故国を捨てて新しい体制を目指す対照的なふたり、という感じで描かれる。ひとりは生真面目堅実。もうひとりはド派手。
しかし、中盤でいきなりナレーションによるネタバレが入る。彼らは亡命キューバ人が起こすテロを未然に防ぐために反体制組織に潜入したスパイ ”WASP Network” の一員であった。
WASPネットワーク、ひいてはキューバン・ファイブの話はキューバとフロリダ以外ではよく知られていないそうだから(私も観る前にさっくり予習したにすぎない)、恐らくこの話を知らない観客向けにこの映画は作られている。時々あれ? という伏線を仕掛けてきて、中盤で一気に物語を加速させる流れである。複雑ではあるが、惹き込みやすい作りだ。誰が敵で誰が味方なのか? という感を演出している。ただし話を知っているとその効果がないので難しい。
物語の中心は、最初に亡命してきたレネと、キューバに残された妻オルガだが、その他様々な登場人物が、場所と時間を自在に動く(時間が急に巻き戻ったり、話が中米に飛んだりする)。様々な視点から物語を俯瞰することができるが、色々な登場人物が出てくるため物語が散漫になる点は否めない。レネとオルガに絞っておけば良かったのでは...。
また、この作品は最初に亡命したときが示されて以降、ほぼ時間が描かれないので時間の進みが把握できない。何故だ!あんなに場所は描くのに!
順調に活動を続けていたWASPネットワークだが、結果的に(これも物語内に伏線が入ってくる)メンバーは逮捕され、裁判にかけられる。そこで司法取引に応じなかったメンバーが所謂「キューバン・ファイブ」である。
この作品はWASPネットワークの活動とそのメンバーの人間関係に重きが置かれており、収監後の経過やオバマ政権に入ってからの雪解けについてはほとんど描写がない。当然FBIとの攻防も描かれない。
彼らの活動が罪となるものであるのか(本来の目的を隠していたことは確かだが)、FBIとキューバが亡命アメリカ人テロリストについて情報を交換した後に彼らが逮捕されていること、様々な国の思惑が見え隠れしながらも、その部分をあからさまではなく背後にさりげなく置いて、ただ思いを持つ人間を描く事に徹していると言える。
スパイ映画的な趣を期待して観ると全く異なるテイストであろうと思う。息詰まる攻防戦というものはなく、後半は特に信念と家族愛の映画といったテイストである。その間に幾つかの事件が挟まり物語が大きく動く。
結果として、淡々とした、及び人物が多すぎて散漫な印象は否めないものの、非常に堅実なつくりの映画といえる。描き込みが多く骨太な映画だ。そこを雑多だという見る向きもあるだろうが...。
役者はスペイン人のペネロペ・クルス、ベネズエラ人のエドガー・ラミレス、ブラジル人のヴァグネル・モウラ、メキシコ人のガエル・ガルシア・ベルナルと多国籍軍総動員である。監督はフランス人だしな。ペネロペ・クルスはやっぱり強い情のある女が似合うなー。キューバ人のアナ・デ・アルマスさんも勘の鋭さが素敵。いちばん悲しい役回りだけど。