「家族愛よりも性的欲求が勝る描き方ってどうなの?」喜劇 愛妻物語 バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)
家族愛よりも性的欲求が勝る描き方ってどうなの?
例え稼ぎが少なくても、夫が家事も育児もしていて、それで仕事に対しても自分からアクションを起こしているけど、なかなか仕事に結びつかない上での恐妻ぶりであるとすれば、「もうちょっと認めてあげてもいいよ」と思うし、理不尽な怒りをぶつけられているようなものと感じられるのだが、モデルがどうかは知らないが、明らかに今作で言えば妻の恐妻ぶりは夫側に原因がある。
妻がパートをして支えていて、節約もしているのに、作る料理にケチをつけたり、手伝わないし、仕事もしない。更に妻が料理を作ることがあたりまえのように携帯をいじっているような姿を見て、心地よい妻がどこにいるだろうか。
それでも妻は本気で「仕事を変えろ」とは言わない。ということは、才能は認めてくれているのだけど、意欲や態度が気に食わないのだ。クリエイティブな仕事をしている人であれば、そこを認めてくれているというのは大きいと思う。
夫の取材のために、パートを休み、宿泊料や交通費は明らかに奥さんから出ているわけで、そこにまたケチを付けてくるって...どういう神経してるの...罵声飛んできてあたりまえ。
そこをはき違えて性的思考にベクトルを置いている今作はどうなのだろうか。
何かといえばセックスレスを解消する方向に話が向かってしまうし、相手にしてもらえにいとなると、大久保さんと浮気しようとしたり、泥酔いの女性にいたずらしようとしたり...浜田岳が演じているから、なんとなくやんわりとしているのだが、よくよく考えると相当なゲス野郎だ。
がんばってはいるけど、上手くいかない夫婦の関係性や掛け合いを喜劇にしたいということは、なんとなく伝わってくるのだけど、家族愛よりも私欲に向いた描き方はどうなのだろうか...監督自身がモデルなのに、自分をここまでゲス野郎にする必要性ってあるの??