劇場公開日 2019年6月19日

「大統領2人の栄枯盛衰を左派の視点から寄り添って見つめる渾身のドキュメンタリー」ブラジル 消えゆく民主主義 よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0大統領2人の栄枯盛衰を左派の視点から寄り添って見つめる渾身のドキュメンタリー

2019年11月25日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

原題は”Democracia em Vertigem”なので『めまいの最中にある民主主義』とでも訳せばいいでしょうか、ジュッセリーノ・クビシェキ大統領指揮下でのブラジリアへの遷都、その後成立した軍事独裁政権による圧政を経ての再民主化。鉄鋼労働組合リーダーとして軍事政権下で大規模なストライキを先導し虐げられし労働者の指示を集め何度も落選を繰り返した末に2003年に大統領となったルーラ、軍事政権下では左翼ゲリラの闘士として活躍、投獄され拷問も受けた経験を持ちルーラの後継者に指名された後ブラジル初の女性大統領となったジウマというブラジル労働党を代表する人物の栄枯盛衰に左派の視点から寄り添って見つめる作品。

ペトラ・コスタ監督の両親も軍事政権下で民主化を求めて戦った左翼の闘士。それでいて祖父がブラジリア遷都の頃に立ち上げた会社がその後ブラジル全土を席巻した疑獄事件に登場する某社だったりとかなり複雑な立場からブラジルの現況を見つめている点が大変ユニーク。ルーラ、ジウマの失脚とその背景にある黒い闇をアグレッシブに論う映画はたくさんありますが、大統領選の進捗や弾劾裁判の行方も見守る2人の姿を至近距離でカメラで捉える等は身内にしか出来ないもの。疑獄事件の担当検事で現政権では法務大臣にまで登りつめたモロ検事とルーラの直接対決シーンは迫力満点ですが、全編に漂うのは多くの血を流した結果として手に入れたはずの民主主義が泥にまみれ、極右のボウソナーロ大統領の元で迷走するのを悲しげに見つめているかのような物悲しさ。この栄枯盛衰は実際に私が当地に住んでいた頃にリアルタイムで見ていたものですが、結局労働党の栄光とは主義主張の異なる他政党との妥協によって辛うじて成り立っていたものであっという間に崩れ去るのは道理だったという内省もあったりして、当地でメディアを通じて得た印象とはまるでトーンが異なっているのがとにかく印象的。事実は一つしかないが真実とは視点の数だけあるということを思い知らされる作品でした。

エンドクレジットを彩るのはバーデン・パウエルの「オサーニャの歌』。使われているのはギターインストですが、元々はヴィニシウス・ジ・モラエスが歌詞を手がけた曲。ここでは語られない歌詞が実はこの作品のテーマとしっかりシンクロしている点にも驚嘆しました。ブラジルを知らない人にはイマイチピンとこない作品ですが、人生の2割を彼の地で過ごした身としてはグッと胸に迫る力作でした。

よね