「大人のためのおとぎ話」今さら言えない小さな秘密 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)
大人のためのおとぎ話
絵本売り場は誘惑に満ちている。カラフルな表紙、大きな字で解りやすく記された文、日常と不思議が当たり前の顔をして混在する物語。時間を忘れて、あれも、これもと手に取ってしまう。大人だって絵本が大好きだ。
この映画を見終わって、絵本のようだな、と思った。後でパンフレット見れば、やはり原作の絵本があるようだ。絵が何点か引用されているが、柔らかい線でシュシュッとデフォルメされつつ表情豊かな人物達が、とても愛らしい!製作陣も、この絵本の雰囲気を大切に映画を製作したのだろう。
若き頃自転車の天才と一目置かれ、現在は自転車修理工として名声を博しているラウル。しかしそれは誤解の産物で、実は彼は自転車に乗れないのだった。
皆の期待を裏切り、家族や友人を失望させるのが恐くて、真実を言い出せないラウル。大切な人達が、その臆病ながら根っからの優しさに惹かれて傍にいる事にも気付けない。秘密を隠し遠そうと奮闘すればする程、空回りして事態は思わぬ方向に…。
「むかしむかし、あるところに…」と話聞かせるように、ラウルのナレーションにより語られていく物語。子供の頃から大人になっても、トレードマークのように衣装を変えないキャラクター達。南仏の小さな田舎町の色彩。どこか作り物めいて、絵本や人形劇を眺めているかのよう。
ラウルが決心して秘密を打ち明けようと話し出すと、なぜか毎回不穏に轟き出す雷鳴。打ち捨てようとすれば、キイキイと鳴りながらラウルの後を付いて回り、かくなるうえは、とタイヤに孔を開ければ、ピィーッと悲鳴のように空気を洩らす、まるで生きているかのような自転車の描き方。大仰でなく、子供なら当然と受け入れるような、さりげないファンタジーの取り入れ方が素敵だ。
コメディ要素も、笑わせるぞー!と力む感じなく、一生懸命やったんだけど、こうなっちゃったねーと、ゆるーく力が抜ける感じで、それがラウルの情けないキャラクターと相まって、思わず声に出して笑いが零れてしまった。
とはいえ、ラウルにとっては笑い事ではない。嘘をつき続ける辛さ、大切な人を失うのではという恐怖、必死にもがいた結果が全て裏目に出てしまう哀しさ。人間らしい苦悩や不器用さを、彼自身と周囲の人々の優しさが包み込み、しっかりけじめも付けて、ほんわか温かく着地した。
お疲れ心を優しく癒す90分のおとぎ話。
難解な部分も、不快な表現もないので、老若男女、どんなシチュエーションでも安心して楽しめる。
絵本を手に取るように、お気軽にどうぞ。